礼拝説教 2008年6月29日「わたしのようになってください」(ガラテヤ4:12-16)

2008.07.04


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(1)パウロの怒り

 ガラテヤ人への手紙の3章と4章は、パウロが書いた手紙の中で彼が最もきびしい口調で書いている箇所です。3章は「ああ愚かなガラテヤ人」という言葉で始まっています。パウロは確かにガラテヤ教会のクリスチャンたちに対して怒っています。そもそも、パウロはガラテヤ教会の生みの親でした。パウロによって創られた教会でした。もちろん、パウロはガラテヤ教会を心から愛していました。彼がガラテヤ教会を愛していたからこそ、ガラテヤ教会の人々が別の神への信仰に走ったことが悲しく、情けなく思え、そして激しい怒りを感じたのです。パウロの伝道方法は、一つの町で伝道を始めて教会のかたちがある程度整ってくると、その教会にリーダーを立てて、そのリーダーに教会をゆだねて、自分は別の場所に移って伝道をしていました。パウロがガラテヤ教会を去った後に、この教会にやってきたグループがいたようです。その人たちはユダヤ主義者と呼ばれた人々でした。私たちが信じている福音、すなわち主イエスによるすばらしい知らせは、「私たちの罪は、私たちの身代わりとなって罪の罰を受けてくださった主イエスの十字架によって赦される」という教えで、罪から救われるために私たち人間ができることは何一つなく、ただ、主イエスを救い主として信じる信仰によって私たちは罪から救われ、神の子供となり、永遠のいのちが与えられるというものです。私たちは自分の力で罪からの救いを獲得することは絶対にできません。ところが、旧約聖書の律法の教えをこどものときから厳しく教え込まれていたユダヤ人がクリスチャンになった場合、昔の教えから離れることができずに、罪が許されるためには律法を守らなければならないという考え方に導かれることが多かったようです。しかし、もし、わたしたちが律法の教えを守ることによって罪が赦されるのであれば、主イエスが十字架につけられて死んだことがまったく無駄になってしまいます。復活の主イエスと劇的な出会いを経験していたパウロは、十字架による救いという福音から離れることは、主イエスへの信仰から離れることになるため、どうしても認めることができませんでした。ところがユダヤ主義者の教えに心ひかれたガラテヤ教会の多くの人々が、彼らと同じように、救われるには、主イエスの十字架だけでは不十分であり、旧約聖書の律法の教えを厳格に守ることが必要だと考えるようになって行ったのです。

 聖霊に満たされた人パウロは、神の御心をよく知っている人でした。それで、神の愛、神の御心、キリストの十字架による救いという福音から離れていく人々に対しても、、またその教えを信じるようにそそのかしたユダヤ主義者に対しても激しい怒りを爆発させたのです。イエス様も律法を守ることにばかり気を取られていたユダヤ教の一派のパリサイ人に対しては、非常に厳しいことを言っています。ある時には、「彼らは白く塗られた墓だ。」と言われました。その意味は、外から見るときれいに見えるが、内側は死んでいるということです。律法を守ることに一生懸命な人は、皆、他の人間から良い評価を得ること、他の人々から褒められることを求めています。ですから、彼らが律法の教えを守るのは、神様に対する愛からというよりも、自分が非常に敬虔な信徒に見えることを願っていたからです。その根底にあるのはプライドです。彼らは自分は立法を守っていると自己満足しており、他人を見るといつもさばいていました。もし、私たちがユダヤ主義者と同じように、主イエスを救い主と信じる幼子のような単純な信仰から離れて、パリサイ人のように、「こうしなければならない」「ああしなければならない」というようになると、それは自分も他人をも律法という束縛でしばりつけることになります。そのような生き方は、神様が願っている生き方とはまったく違います。私たちの罪は、自分の力で洗い清めることができるほど、簡単なものではありません。神のひとり子が十字架の苦しみを受けて死ななければならないほど、深刻で深いものなのです。だから、人間はどんなに頑張っても、神の目には罪びとであることに変わりはありません。律法主義に生きることは、とても大きな損失です。


(2)パウロの愛

 しかし、パウロは愛の人でした。彼の怒りは彼の神への愛と、ガラテヤ教会の人々に対する愛から出たものでした。それゆえ、パウロはガラテヤ教会の人々をしかりつけるだけではなく、しかられるような愚かな人、叱られて落ち込んでいる人、そして自分でもどうにもならない人を見て哀れんでいます。4章の12節で、パウロは「お願いです。兄弟たち。」とガラテヤ教会の人々に訴えています。ここで「お願いです」と訳されている言葉はdeomai という言葉ですが、これは、「祈る、願う、乞い求める、懇願する」という意味を持つ非常に強い言葉です。パウロは、ガラテヤの教会の人々に何としてでも彼らが正しい福院から離れていることを判らせたいと思っているのです。彼は、自分が彼らの前で頭を下げてでも、そのことを判ってもらいたいと思っています。その気持ちの中にパウロのガラテヤ教会の人々に対するアガペーの愛が表れているのです。

 第二コリント5章20節では、パウロは「私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。」と述べています。つまり、これはわたしの願いではなく、キリストの願いだという意味です。ガラテヤ書の4章でも、パウロが人々に言いたかったことは、「お願いする」と言っているのはパウロではなく、私たちのために十字架につけられ、救いの業を成し遂げられたイエスご自身であるということを彼らに知らせようとしているのです。願っているのは人ではなく神なのです。パウロの心はキリストの御霊とキリストの愛にあふれていました。ですから、パウロの心の中にあったキリストの心が、「何とかして、このすばらしい福音をガラテヤ教会の人々の判ってもらいたい」と心のそこから願っているのです。

 パウロの願いとは、「私のようになってください」というものでした。「わたしのようになれ!」と言える人は何と幸いな人でしょう。本気で、心の底から、私たちはこの言葉を言うことができるでしょうか。石田先生の説教メモには、結婚した二人に、「私たちのようになりなさい」と私は言いたい、心の底から、真実に。と書かれていました。このパウロの言葉の陰には、彼のキリストに対する信仰があります。ローマ書7章には、苦悩するパウロの心が描かれています。もともと、パウロも悩む人でした。「私のようになれ!」と言える人ではありませんでした。彼はユダヤ人でした。ユダヤ人は神様によって選ばれた民族です。彼は、自分は神に選ばれた特別な民族の一人と自負していました。彼はユダヤ教の信者としてはエリートで、家柄も良く、有名な先生の教えを受けており、将来が約束されている人物でした。しかし、復活のキリストと出会いイエスを救い主と信じたときに、彼は、それまで自分が誇りだと思っていたものは、すべて、キリストを信じることに比べれば、ごみと同じだと考えるようになりました。彼の人生観は180度変わったのです。そして、キリストの救いの福音を人々に語るために、彼は積極的に異邦人のところへ出かけて行きました。これがガラテヤ4章12節の「私もあなたがたのようになったのですから。」というパウロの言葉の意味です。

 
 パウロはガラテヤの人々を心から愛していました。ですから、パウロは彼らをただしかりつけるだけではなく、愛をもって彼らに訴えます。まず、パウロは、ガラ手や地方に最初に福音を伝えに来た時に、彼らがパウロに示した深い愛を思い出させようとしています。

 パウロがガラテヤで伝道を行った様子は使徒の働きの13章と14章に記されています。パウロは最初、パンフリヤ地方のペルガという町へ行きましたが、そこは低地で気候が不順な場所でした。パウロはそこで、恐らくマラリヤのような熱病にかかって、病気を治すために、ガラテヤ地方へと移動したと思われます。つまり、彼がガラテヤ地方へ伝道に出かけたのは、彼が病気にかかったことがきっかけでした。パウロの病気は、彼の姿をすっかり変えていたように思われます。ガラテヤ4章14節には「私の肉体には、あなたがたにとって試練となるものがあったのに、あなたがたは軽蔑したり、きらったりしないで、かえって神の御使いのように、またキリスト・イエスご自身であるかのように、私を迎えてくれました。」と書かれています。高熱によって体が震えることが多く、彼の顔は病気のために非常に醜くなっていたパウロでしたが、ガラテヤ教会の人々は、そんなパウロをまるでキリストご自身を迎えるように歓迎していたのです。箴言10章12節に「愛はすべてのそむきの罪をおおう。」という言葉がありますが、ガラテヤの人々は愛をもってパウロを迎えました。パウロはもともと風采の上がらぬ人物だったようです。言い伝えによると、彼は背が低く、ガニ股で、眉毛がより、鼻は少し曲がり、骨格のたくましい人だったようです。しかし、同じ言い伝えでは、パウロは、あるときは人のごとく、あるときは天使のごとく見えたと言われています。

 パウロは目の病気を患っていたようですが、パウロから福音を聞いたガラテヤ教会の人々は、キリストを信じて救われたとき、救われた喜びで心がいっぱいで、自分たちに福音を伝えてくれたパウロに対して深い感謝を抱いていました。ですから、彼らは、パウロの病気が治るのであれば、自分の目をささげてもよいと考えるほどであったのです。三浦綾子さんの言葉に「愛するものにはもったいないというものは何一つありません。どんな大切なものでも喜んであげたくなるのです。」というのがあるそうです。

 パウロはガラテヤのクリスチャンに「あの時の愛はどうなったんだ?」と尋ねています。箴言に「憎む者がくちづけしてもてなすよりは、愛する者が傷つけるほうが真実である。」という言葉がありますが、ガラテヤ教会の人々はパウロの言葉よりも、間違った教えを伝える人々の言葉を信じるようになっていました。主イエスを救い主と信じる者は神のこどもとなる特権が与えられています。しかし、彼らは、律法主義の生き方をすることによって、自分自身を律法の奴隷にして、自分を束縛していたのです。彼らは、黙示録の3章に出てくるラオデキヤの教会の人々と同じ状態に陥っていました。黙示録3章17〜19節を読みましょう。「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精練された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。」当時のラオデキヤは金融の街であり、羊毛の織物の街であり、有名な医学校がある街でした。人々は物質的には裕福でした。しかし、信仰の面では乏しかったのです。しかし、彼らはそのことに気がついていませんでした。ラオデキヤの人々は財産があればOKと思っていました。

しかし、復活の主イエスは彼らに「火で精練された金をわたしから買いなさい。」と言われました。火で精錬された金とは、純粋な信仰を指すと思われます。財産があれができることはいろいろあります。しかし、金で幸福を買うことはできませんし、孤独や悲しみを金で解決することもできません。また、私たちが死に直面したとき、財産は何の役にも立たないのです。ラオデキヤは高価な羊毛製品を作る街としても有名でした。ファンションの中心地でした。ラオデキヤの人々は豪華な服を着ていましたが、信仰の面では裸でした。裸は恥を表します。そのような彼らに主イエスは「白い衣を買いなさい」と言われました。白い衣とは、信仰によって与えられる品性です。体がいくら綺麗に飾られていても、魂を飾るものを持たない人は恥をさらす人です。どんなに外側がきれいでも、性質や心が醜い人は自分の恥をさらすのです。また、ラオデキヤには有名な医学校がありましたが、また、非常に効き目のよい目薬を作った街でもありました。ラオデキヤの人々は自分の眼は良いと思っていましたが、信仰的には見るべきものが見えなかったのです。

 ラオデキヤのクリスチャンはこのようになまぬるい信仰者になっていました。しかし、主イエスはそのようなクリスチャンの心の戸の外にたってノックしておられます。20節の言葉です。彼らは、キリストが吐き出したいと思うようななまぬるいクリスチャンでした。純粋にただ主イエスだけを信じるのではなく、この世のいろいろなものに心を惹かれて生きていました。この世のものは本当に頼りになるものではないのに、彼らは、この世のものを求めて、それを手にして満足していました。そんな彼らでも、主イエスは最後まであきらめませんでした。心を開くようにと、彼らの心の戸をノックし続けておられるのです。あなたは、ガラテヤのクリスチャンのように、あるいはラオデキヤのクリスチャンのように、自分の心からキリストを追い出していませんか。キリストがあなたの心の外に立って、一緒に生きるために心の中に入れてくれるようにと訴えていませんか。復活の主は言われました。「わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。」


 石田和夫先生の恩師は東京、阿佐ヶ谷にある久遠教会の前の牧師である丹羽先生です。かつて丹羽先生の教会の信徒の中に非常に有能な裁判官がいました。若いころは熱心なクリスチャンでしたが、出世して地位が上がるにつれてその人の信仰がだんだんと薄れて行き、そのうちに信仰があるのかないのか分からないほどになっていました。その人は福井県の裁判所長を辞めて、弁護士になり、相当の財産を蓄えることができました。ところが、その後、彼は病気、おそらくガンにかかったのです。彼は故郷の山陰地方に帰って静養しました。

 しばらく音信がなかったその人から丹羽先生のところに連絡がありました。「祈りに来てほしい」とい願いでした。丹羽先生は早速、その人のところへ出かけました。すると、その人は、以前のような堂々とした姿はなく、やせ衰え、あえぐような声で横たわっていました。二人はただ手を握り合って祈りました。その人も、丹羽先生も泣きながら祈りました。ただ神様の憐れみにすがって祈りました。そこには神様がともにおられるという強い臨在感が満ちていたそうです。死を前にして、どんな大きな財産も、高い地位も何の役にも立ちません。人間の有能な頭脳も役に立ちません。この死に打ち勝つことができるのは、ただキリストだけです。丹羽先生も、その人も、ただキリストに頼り、すがって祈りました。先生が帰るとき、その人は言いました。「丹羽先生、どうか、ただ、私が安らかに天のみもとにいけるようにだけ、祈っていてください。」丹羽先生は、「ああ、この人の中にも、なお、主イエスへの信仰が残っていたと、主に感謝をささげたそうです。