礼拝説教 2009年4月12日 「主はよみがえられた」(ルカ24章1〜12節)
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(イントロ)
イエスが十字架につけられたのは、金曜日の朝9時、そして息を引き取られたのが午後3時でした。福音書を見ると、十字架のそばには主イエスの弟子たちは、ヨハネを除いて誰もいなかったようです。主イエスは、十字架にかかる前に、何度も繰り返して、十字架にかけられた後、三日目に復活することを弟子たちに話しておられたのですが、主イエスの言葉を理解していた弟子は一人もいませんでした。彼らは、主イエスが十字架で死ぬことを知って、まったく希望をなくしてしまったのです。しかし、主イエスが亡くなられた時、十字架のそばに数人の人がいました。23章49〜51節「 しかし、イエスの知人たちと、ガリラヤからイエスについて来ていた女たちとはみな、遠く離れて立ち、これらのことを見ていた。さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった。彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた。」アリマタヤという町はエルサレムのすぐ北にある町でした。そして、彼はサンヘドリンと呼ばれる国会の議員でしたが、彼は、他の議員たちの計画や行動、すなわち、イエスを十字架につけることには同意していませんでした。サンヘドリンは議会としての働きだけでなく、裁判所としての働きもしていました。金曜日の早朝、議会で、イエスを十字架にかけるという判決が出されたのですが、その時、アリマタヤのヨセフは、どこかに出かけていたかあるいはわざと議会に呼ばれなかったか、とにかく議会には出ていなかったはずです。というのは、議会が判決を出す場合は、全員一致というのが原則だったからです。ヨハネの福音書19章38節を見ると、アリマタヤのヨセフは主イエスを信じていましたが、他のユダヤ人を恐れて自分の信仰を隠していました。このヨセフが、自分がいない間に議会によって主イエスの死刑が決定されたことにどれほど怒りを覚えたことでしょう。どれほど悲しかったでしょうか。彼は、もはや隠れキリシタンの生き方をやめることにしました。そうなると、彼は国会議員の地位を失うことになります。議員はユダヤ教徒でなければならないからです。しかし、そんなことは彼にとってもはや重要なことではありませんでした。彼は、ローマ総督ピラトのところへ行ってイエスの遺体を引き取る許可をもらい、多くの人の目の前でイエスの遺体を地面におろし、いそいで亜麻布でその遺体をくるんで、彼が、たまたま、自分の家族のために用意していた新しい墓に運びました。金曜日の日没時間、午後6時になるとユダヤでは安息日が始まります。ですから、彼は大急ぎですべての作業を終えました。彼は、深い悲しみの中で家に帰ったことでしょう。彼もまた希望を失っていたかもしれません。ただ、彼は、自分が主イエスの遺体を自分の墓に納めることをとおして主に敬意を表すことができたので、少しそれが彼の慰めになっていたと思います。
一方、ユダヤ教の指導者たちはどうだったでしょうか。主イエスの権威に満ちた教えと力と愛に満ちた働きによって、多くのユダヤ人がイエスを信じるようになっていました。これはユダヤ教の指導者たちには大きな脅威となっていました。そのイエスが死にました。11人の弟子たちは、彼らを恐れて姿を消していました。おそらく、勝利者のような気分だったでしょう。ただ、彼らにはまだ心配なことがありました。それは、主イエスが十字架にかかる前に、何度も「わたしは死んで三日目によみがえる」と話していたからです。彼らはイエスの復活を信じてはいませんが、もし、弟子たちが、夜中にイエスの墓からイエスの遺体を盗み出して「イエスは復活した」と言いふらせば、また多くのユダヤ人がイエスを信じるようになるかも知れないと恐れました。それで、彼らは総督ピラトのところへ行って、ローマの兵士にイエスの墓を三日間見張るように頼みました。兵士たちは、何で死人の墓の番なんかしなければならないんだろうと不満を感じたかもしれません。そんな任務はしたことがないし、その任務の意味もわからなかったでしょう。金曜日の夜の寝ずの番、翌日の土曜日は安息日ですから、エルサレム中がひっそりしていたことでしょう。そして、土曜日の夜が過ぎて日曜日の夜明けを迎えるころ、マタイの福音書の記事には大きな地震が起こったと書かれています。そのため、イエスの墓の入口をふさいでいた大きな石、その石は弟子たちがイエスの遺体を盗まないように紐をかけてロウの塊を塗り、ローマ政府の封印が押されていたのですが、地震によって転がり、墓の入り口は開いてしまいました。そして、その時、天使が現れたので、墓の番をしていたローマの兵士たちは恐ろしさのあまり震えあがって気絶していました。しばらくして彼らが意識を取り戻して、墓の中をのぞいてみると入れてあったはずのイエスの遺体がありません。兵士たちは自分たちへの刑罰を恐れて、その場から逃げ去りました。
そのころ、マグダラのマリヤと女性たちは、朝早く起きてイエスの墓へ向かいました。彼女たちは、主イエスが十字架にかけられた時、遠く離れて立ってその様子を眺めていました。そして、アリマタヤのヨセフが勇気を出して、人々の前でイエスの遺体を十字架から降ろして布にくるんで墓へ運ぶ様子を見て、彼の勇気を主に対する愛情の心に感動を覚えていたことでしょう。日が暮れて安息日が始まろうとしていたため、彼女たちは香油や薬を持っていたのでしょうが、それらをイエスの遺体にきれいに塗る時間がありませんでした。それで、彼女たちは、香油と薬を家に持って帰りました。翌日は安息日なので、彼女たちは家の中で過ごし日曜日を待ちました。おそらくその間、彼女たちは眠ることもできず、早くイエスの遺体をきちんと葬りたいという思いでいっぱいでした。急がないと、イエスの遺体がいたんでしまうことが心配だったでしょう。それで、彼女たちは日曜日の夜明け前に家を出て墓に向かっていました。その途中で大きな地震が起きました。彼女たちは、イエスの墓の前にローマの兵士がいることは知らなかったでしょう。ただ、彼女たちは、イエスがヨセフの墓に納められるのを見ていますから、入口をふさいでいる石をどうすれば開けられるのか、それが心配でした。彼女たちは、心が沈んでいました。だれも、お墓に行く時に大きな希望や期待をする人はいません。彼女たちは、ただ、主イエスを慕う心から、イエスの遺体に香油や薬を塗って丁重に葬りたいと願っていたのです。
彼女たちの心配はまったく不要でした。墓に行ってみると、地震のためか墓をふさいでいた大きな石は転がり、墓が開いていたからです。中に入ってみると、主イエスの遺体はなく、遺体を包んでいた布だけが残っていました。彼女たちは、すっかり混乱してしまいました。彼女たちは、誰かがイエスの遺体を盗んで行ったと思っていました。(ヨハネ20章13節)彼女たちの悲しみは一層深くなりました。その時、突然、彼女たちの前に天使が現れました。光輝く天使の前で、女たちは怖くなって顔を地面につけて伏し拝みました。天使は次のように言いました。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。」天使は、女たちを少し責めるような口ぶりでした。彼女たちは、死んだイエスの体に香油を塗るために墓にくるべきではないのです。なぜなら、主イエスは、十字架にかかる前に、繰り返して、ご自分の十字架の死と三日目の復活を預言しておられたからです。マタイの福音書にも、ルカの福音書にも、主イエスが十字架と復活を預言して言われた言葉が3回記されています。しかし、主イエスの言葉を本当に理解して人は一人もいなかったようです。彼らは、本当であれば、主イエスの復活を信じて、それを待ち望むべきであったのに、彼らは、イエスが死んだことを深く悲しんでいました。クリスチャンにとって、聖書の言葉を信頼することができずに、絶望的になって生きることほど愚かなことはありません。私たちの信仰も同じです。私たちが聖書の言葉や、聖書の約束をそのままに信じるか、信じないかで、信仰の姿勢がまったく異なってしまいます。天使は、イエスの墓に来た女たちに、「主イエスが話された言葉を思い出しなさい。」と命令していますが、これは、今日のクリスチャンに向かっても語られている言葉だと思います。女たちも、イエスが語られた言葉を思い出しました。ただ、主イエスがよくたとえで話されたので、彼女たちは、イエスの言葉を何かをたとえで語っているのだと思っていたのかも知れません。しかし、いま、御使いからのチャレンジを受けて、女たちは少しずつ理解し始めました。マグダラのマリヤは、弟子たちのところへ行って、自分がイエスの墓で経験したことを全部彼らに話しました。しかし、弟子たちも、彼女の言葉をくだらないたわごととして相手にしませんでした。ただ、ペテロとヨハネだけはイエスの墓へ走って行きました。墓の中にはペテロだけが入りましたが、彼も、墓の中にイエスの遺体がないことに非常に驚きました。ただ、ペテロは驚いただけで、主イエスの預言の言葉を思い出すところまでは行きませんでした。彼はイエスの墓が空っぽであるのを自分の目で確かめたのですが、それでもイエスの復活を信じる信仰には至りませんでした。ペテロも、主イエスの言葉を思い出すことが必要だったのです。しかし、その後、ペテロは、復活の主イエスと何度か出会い、また話をしたことを通して、主イエスの復活の言葉がしっかりと彼の心に植え付けられました。その時、ペテロの信仰は劇的に変わりました。彼は、主イエスが十字架にかかる前に、人間を恐れて「イエスを知らない」と三回も否定しました。主が十字架にかけられた時も、十字架の近くにはいなかったようです。また、主イエスが復活された日も、他のユダヤ人を恐れて弟子たちと一緒に部屋の中に隠れていました。そんな弱さを持ったペテロでしたが、復活の信仰をしっかり握ったときに力を受けました。主イエスが復活されてから7週間後のペンテコステという祭りの時に、力を受けたペテロが大勢の人を前にして語った言葉を聞いてください。「イスラエルの人たち。このことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと、不思議なわざと、あかしの奇蹟を行なわれました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。これは、あなたがた自身がご承知のことです。あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。」
クリスチャン信仰の中心は主イエスの十字架と復活です。この二つは切り離すことができません。主イエスが十字架にかかってくださったことによって、私たちの罪が赦されるようになりました。そして、主イエスが三日目に死から復活したことによって、主イエスが確かに神であることが証明され、神が罪と死に対しても勝利者であることが証明されました。弟子たちは空の墓を見ても復活を信じることはできませんでしたが、後に復活の主イエスと出会いました。そして、彼らの心の中に、主イエスの言葉がしっかりと植え付けられました。彼らは、それまでは、疑いやすい弟子であり、周囲の人を恐れるような弟子でした。しかし、復活を信じるようになってから、彼らは驚くほどの力と勇気を持って、殺されることも覚悟して世界中にでかけて行って主イエスのことを人々に伝える人になりました。その働きによって、主イエスが復活したときには、エルサレムにわずか120人ほどしかいなかったクリスチャンが、わずか30年後には地中海沿岸の国々で、クリスチャンでない人が、恐れを感じるほどに、大きな集団となって行きました。
第一コリント15章20節に「今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」という言葉があります。初穂とは、最初に収穫される麦のことです。初穂は、そのあとに収穫される麦の見本になるものです。主イエスが復活されたのは、実は、私たちも死後に復活することの見本なのです。死は、人間にとってもっとも大きな敵です。私たちからすべてのものを奪い取るものです。しかし、主イエスを信じる者には、死に対する勝利が約束されており、私たちは、主イエスが復活されたのと同じように、新しい体を与えられて復活するのです。このことを信じることが私たちに力と希望を与えます。初代教会のクリスチャンたちは、激しい迫害を受けました。命を落としたクリスチャンが大勢いました。しかし、彼らは、みな、はっきりとした復活信仰を持っていましたので、非常に大きな苦しみにも耐えることができました。そのころ洗礼を志願する人々は、彼らより先に、殉教した先輩クリスチャンのことを、いつまでも人々に語り伝えるために、彼らの名前を自分の名前にしました。私たちの教会でも、今年、吉田姉、中谷兄、石黒妙子姉などが、この希望をしっかり握って、この世を去りました。
(イントロ)
イエスが十字架につけられたのは、金曜日の朝9時、そして息を引き取られたのが午後3時でした。福音書を見ると、十字架のそばには主イエスの弟子たちは、ヨハネを除いて誰もいなかったようです。主イエスは、十字架にかかる前に、何度も繰り返して、十字架にかけられた後、三日目に復活することを弟子たちに話しておられたのですが、主イエスの言葉を理解していた弟子は一人もいませんでした。彼らは、主イエスが十字架で死ぬことを知って、まったく希望をなくしてしまったのです。しかし、主イエスが亡くなられた時、十字架のそばに数人の人がいました。23章49〜51節「 しかし、イエスの知人たちと、ガリラヤからイエスについて来ていた女たちとはみな、遠く離れて立ち、これらのことを見ていた。さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった。彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた。」アリマタヤという町はエルサレムのすぐ北にある町でした。そして、彼はサンヘドリンと呼ばれる国会の議員でしたが、彼は、他の議員たちの計画や行動、すなわち、イエスを十字架につけることには同意していませんでした。サンヘドリンは議会としての働きだけでなく、裁判所としての働きもしていました。金曜日の早朝、議会で、イエスを十字架にかけるという判決が出されたのですが、その時、アリマタヤのヨセフは、どこかに出かけていたかあるいはわざと議会に呼ばれなかったか、とにかく議会には出ていなかったはずです。というのは、議会が判決を出す場合は、全員一致というのが原則だったからです。ヨハネの福音書19章38節を見ると、アリマタヤのヨセフは主イエスを信じていましたが、他のユダヤ人を恐れて自分の信仰を隠していました。このヨセフが、自分がいない間に議会によって主イエスの死刑が決定されたことにどれほど怒りを覚えたことでしょう。どれほど悲しかったでしょうか。彼は、もはや隠れキリシタンの生き方をやめることにしました。そうなると、彼は国会議員の地位を失うことになります。議員はユダヤ教徒でなければならないからです。しかし、そんなことは彼にとってもはや重要なことではありませんでした。彼は、ローマ総督ピラトのところへ行ってイエスの遺体を引き取る許可をもらい、多くの人の目の前でイエスの遺体を地面におろし、いそいで亜麻布でその遺体をくるんで、彼が、たまたま、自分の家族のために用意していた新しい墓に運びました。金曜日の日没時間、午後6時になるとユダヤでは安息日が始まります。ですから、彼は大急ぎですべての作業を終えました。彼は、深い悲しみの中で家に帰ったことでしょう。彼もまた希望を失っていたかもしれません。ただ、彼は、自分が主イエスの遺体を自分の墓に納めることをとおして主に敬意を表すことができたので、少しそれが彼の慰めになっていたと思います。
一方、ユダヤ教の指導者たちはどうだったでしょうか。主イエスの権威に満ちた教えと力と愛に満ちた働きによって、多くのユダヤ人がイエスを信じるようになっていました。これはユダヤ教の指導者たちには大きな脅威となっていました。そのイエスが死にました。11人の弟子たちは、彼らを恐れて姿を消していました。おそらく、勝利者のような気分だったでしょう。ただ、彼らにはまだ心配なことがありました。それは、主イエスが十字架にかかる前に、何度も「わたしは死んで三日目によみがえる」と話していたからです。彼らはイエスの復活を信じてはいませんが、もし、弟子たちが、夜中にイエスの墓からイエスの遺体を盗み出して「イエスは復活した」と言いふらせば、また多くのユダヤ人がイエスを信じるようになるかも知れないと恐れました。それで、彼らは総督ピラトのところへ行って、ローマの兵士にイエスの墓を三日間見張るように頼みました。兵士たちは、何で死人の墓の番なんかしなければならないんだろうと不満を感じたかもしれません。そんな任務はしたことがないし、その任務の意味もわからなかったでしょう。金曜日の夜の寝ずの番、翌日の土曜日は安息日ですから、エルサレム中がひっそりしていたことでしょう。そして、土曜日の夜が過ぎて日曜日の夜明けを迎えるころ、マタイの福音書の記事には大きな地震が起こったと書かれています。そのため、イエスの墓の入口をふさいでいた大きな石、その石は弟子たちがイエスの遺体を盗まないように紐をかけてロウの塊を塗り、ローマ政府の封印が押されていたのですが、地震によって転がり、墓の入り口は開いてしまいました。そして、その時、天使が現れたので、墓の番をしていたローマの兵士たちは恐ろしさのあまり震えあがって気絶していました。しばらくして彼らが意識を取り戻して、墓の中をのぞいてみると入れてあったはずのイエスの遺体がありません。兵士たちは自分たちへの刑罰を恐れて、その場から逃げ去りました。
そのころ、マグダラのマリヤと女性たちは、朝早く起きてイエスの墓へ向かいました。彼女たちは、主イエスが十字架にかけられた時、遠く離れて立ってその様子を眺めていました。そして、アリマタヤのヨセフが勇気を出して、人々の前でイエスの遺体を十字架から降ろして布にくるんで墓へ運ぶ様子を見て、彼の勇気を主に対する愛情の心に感動を覚えていたことでしょう。日が暮れて安息日が始まろうとしていたため、彼女たちは香油や薬を持っていたのでしょうが、それらをイエスの遺体にきれいに塗る時間がありませんでした。それで、彼女たちは、香油と薬を家に持って帰りました。翌日は安息日なので、彼女たちは家の中で過ごし日曜日を待ちました。おそらくその間、彼女たちは眠ることもできず、早くイエスの遺体をきちんと葬りたいという思いでいっぱいでした。急がないと、イエスの遺体がいたんでしまうことが心配だったでしょう。それで、彼女たちは日曜日の夜明け前に家を出て墓に向かっていました。その途中で大きな地震が起きました。彼女たちは、イエスの墓の前にローマの兵士がいることは知らなかったでしょう。ただ、彼女たちは、イエスがヨセフの墓に納められるのを見ていますから、入口をふさいでいる石をどうすれば開けられるのか、それが心配でした。彼女たちは、心が沈んでいました。だれも、お墓に行く時に大きな希望や期待をする人はいません。彼女たちは、ただ、主イエスを慕う心から、イエスの遺体に香油や薬を塗って丁重に葬りたいと願っていたのです。
彼女たちの心配はまったく不要でした。墓に行ってみると、地震のためか墓をふさいでいた大きな石は転がり、墓が開いていたからです。中に入ってみると、主イエスの遺体はなく、遺体を包んでいた布だけが残っていました。彼女たちは、すっかり混乱してしまいました。彼女たちは、誰かがイエスの遺体を盗んで行ったと思っていました。(ヨハネ20章13節)彼女たちの悲しみは一層深くなりました。その時、突然、彼女たちの前に天使が現れました。光輝く天使の前で、女たちは怖くなって顔を地面につけて伏し拝みました。天使は次のように言いました。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。」天使は、女たちを少し責めるような口ぶりでした。彼女たちは、死んだイエスの体に香油を塗るために墓にくるべきではないのです。なぜなら、主イエスは、十字架にかかる前に、繰り返して、ご自分の十字架の死と三日目の復活を預言しておられたからです。マタイの福音書にも、ルカの福音書にも、主イエスが十字架と復活を預言して言われた言葉が3回記されています。しかし、主イエスの言葉を本当に理解して人は一人もいなかったようです。彼らは、本当であれば、主イエスの復活を信じて、それを待ち望むべきであったのに、彼らは、イエスが死んだことを深く悲しんでいました。クリスチャンにとって、聖書の言葉を信頼することができずに、絶望的になって生きることほど愚かなことはありません。私たちの信仰も同じです。私たちが聖書の言葉や、聖書の約束をそのままに信じるか、信じないかで、信仰の姿勢がまったく異なってしまいます。天使は、イエスの墓に来た女たちに、「主イエスが話された言葉を思い出しなさい。」と命令していますが、これは、今日のクリスチャンに向かっても語られている言葉だと思います。女たちも、イエスが語られた言葉を思い出しました。ただ、主イエスがよくたとえで話されたので、彼女たちは、イエスの言葉を何かをたとえで語っているのだと思っていたのかも知れません。しかし、いま、御使いからのチャレンジを受けて、女たちは少しずつ理解し始めました。マグダラのマリヤは、弟子たちのところへ行って、自分がイエスの墓で経験したことを全部彼らに話しました。しかし、弟子たちも、彼女の言葉をくだらないたわごととして相手にしませんでした。ただ、ペテロとヨハネだけはイエスの墓へ走って行きました。墓の中にはペテロだけが入りましたが、彼も、墓の中にイエスの遺体がないことに非常に驚きました。ただ、ペテロは驚いただけで、主イエスの預言の言葉を思い出すところまでは行きませんでした。彼はイエスの墓が空っぽであるのを自分の目で確かめたのですが、それでもイエスの復活を信じる信仰には至りませんでした。ペテロも、主イエスの言葉を思い出すことが必要だったのです。しかし、その後、ペテロは、復活の主イエスと何度か出会い、また話をしたことを通して、主イエスの復活の言葉がしっかりと彼の心に植え付けられました。その時、ペテロの信仰は劇的に変わりました。彼は、主イエスが十字架にかかる前に、人間を恐れて「イエスを知らない」と三回も否定しました。主が十字架にかけられた時も、十字架の近くにはいなかったようです。また、主イエスが復活された日も、他のユダヤ人を恐れて弟子たちと一緒に部屋の中に隠れていました。そんな弱さを持ったペテロでしたが、復活の信仰をしっかり握ったときに力を受けました。主イエスが復活されてから7週間後のペンテコステという祭りの時に、力を受けたペテロが大勢の人を前にして語った言葉を聞いてください。「イスラエルの人たち。このことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと、不思議なわざと、あかしの奇蹟を行なわれました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。これは、あなたがた自身がご承知のことです。あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。」
クリスチャン信仰の中心は主イエスの十字架と復活です。この二つは切り離すことができません。主イエスが十字架にかかってくださったことによって、私たちの罪が赦されるようになりました。そして、主イエスが三日目に死から復活したことによって、主イエスが確かに神であることが証明され、神が罪と死に対しても勝利者であることが証明されました。弟子たちは空の墓を見ても復活を信じることはできませんでしたが、後に復活の主イエスと出会いました。そして、彼らの心の中に、主イエスの言葉がしっかりと植え付けられました。彼らは、それまでは、疑いやすい弟子であり、周囲の人を恐れるような弟子でした。しかし、復活を信じるようになってから、彼らは驚くほどの力と勇気を持って、殺されることも覚悟して世界中にでかけて行って主イエスのことを人々に伝える人になりました。その働きによって、主イエスが復活したときには、エルサレムにわずか120人ほどしかいなかったクリスチャンが、わずか30年後には地中海沿岸の国々で、クリスチャンでない人が、恐れを感じるほどに、大きな集団となって行きました。
第一コリント15章20節に「今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」という言葉があります。初穂とは、最初に収穫される麦のことです。初穂は、そのあとに収穫される麦の見本になるものです。主イエスが復活されたのは、実は、私たちも死後に復活することの見本なのです。死は、人間にとってもっとも大きな敵です。私たちからすべてのものを奪い取るものです。しかし、主イエスを信じる者には、死に対する勝利が約束されており、私たちは、主イエスが復活されたのと同じように、新しい体を与えられて復活するのです。このことを信じることが私たちに力と希望を与えます。初代教会のクリスチャンたちは、激しい迫害を受けました。命を落としたクリスチャンが大勢いました。しかし、彼らは、みな、はっきりとした復活信仰を持っていましたので、非常に大きな苦しみにも耐えることができました。そのころ洗礼を志願する人々は、彼らより先に、殉教した先輩クリスチャンのことを、いつまでも人々に語り伝えるために、彼らの名前を自分の名前にしました。私たちの教会でも、今年、吉田姉、中谷兄、石黒妙子姉などが、この希望をしっかり握って、この世を去りました。

