礼拝説教 2009年4月5日 「悪人をも救うイエス」(ルカ23章35〜43節)

2009.04.16

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(イントロ)

 今日は、主イエスが私たちの罪の罰を身代わりとなって受けるために十字架にかかられた出来事をルカの福音書から見ていきたいと思います。当時、ローマ帝国が支配していたイスラエルでは、ユダヤ人に死刑を宣告することは認められていませんでした。それで、主イエスを死刑にすることを目指したユダヤ教の指導者たちは、最終的に、イスラエル担当のローマ総督ピラトの死刑宣言を求めました。ローマ人のピラトにとって、主イエスが死刑に当たるようなことをする人物に見えないので、何度も彼を釈放しようとしたのですが、イエスに敵対する人々はあくまでも主イエスに十字架刑を要求して、最後には、もし死刑にしないのならローマ皇帝に訴えるとピラトを脅しました。ローマ帝国政府の中での自分の地位を失いたくなかったピラトは、皇帝に訴えられて自分がイスラエルをうまく統治できない失格者だとみなされること、つまり、出世の機会を失うことを恐れました。それで、彼は、「あなたたちの好きなようにしなさい。すべての責任はあなたたちにある。」と言って、この裁判を投げ出しました。

 それから、イエスはむちを打たれました。当時、犯罪者をムチ打つために用いられたムチは、皮ひもの先に動物の骨と鉛の玉がつけられていました。それでムチ打つと、体の肉が裂けて、中の骨や、時には内臓までが見えるぐらいに体が大きく裂けたそうです。ですから、ムチ打たれた主イエスの背中はぼろぼろに引き裂かれていました。それだけでなく、木曜日の夜中に行われた裁判の間に、人々は主イエスをこぶしでなぐったり、平手でうったり、つばきをかけたりしていましたので、主イエスの顔も醜いほどに腫れ上がっていました。まさに、イザヤ書52章14節の言葉の通りになりました。「多くの者があなたを見て驚いたように、――その顔だちは、そこなわれて人のようではなく、その姿も人の子らとは違っていた。――」

 それから、主イエスはローマの兵士に連れられて処刑場に向かいました。十字架の刑を受ける者は、4人の兵士に囲まれて、総督の官邸からどくろいう名前で呼ばれていた場所まで十字架の横木を背負って歩かなければなりませんでした。1本の横木はだいたい50キロほどの重さです。そして、彼の前を歩く兵士は手に、主イエスの罪状を書いた板を持っていました。そこにはナザレ人イエス、ユダヤ人の王」という言葉がラテン語と、ギリシャ語とヘブル語で書かれていました。処刑場まで行列で行く目的は、民衆の目にさらして、人々に恐怖心を植えつけて、犯罪を犯さないようにされるためでしたので、主イエスは、かなりの遠回りをして、町中を歩いてゴルゴタの丘へ向かいました。彼は、人間的には大工の息子として育ちましたから、材木を運ぶことには慣れていたはずです。普段なら、十字架の横木を担いで歩くことはたやすいことであったでしょう。しかし、このときは、一晩中裁判を受け、人々から殴られ、しかも、ピラトの官邸では、恐ろしいムチ打ちの刑を受けていますので、処刑場まで、木材を運ぶ力がありませんでした。

 主イエスが十字架を運べないと気づいたローマの兵士は、行列の道を取り巻いていた大勢の群衆の中からクレネ人シモンを選んで、無理やり、彼にその横木を担がせました。クレネとは今日のリビアです。彼はリビア在住のユダヤ教徒で、祭りに参加するためにエルサレムに訪れていたのでしょう。彼が主イエスの代わりに、十字架の横木を背負って歩いたことは、マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書に記されています。しかも名前まで書かれているのは、この人が重要な人物であったためだと思われます。マルコの福音書では、彼のことを「アレキサンデルとルポスの父」と書かれています。わざわざ彼の息子の名前が書かれているのは、初代教会時代のクリスチャンの間ではよく知られた人物であったと思います。ルポスについてはパウロが書いたローマ人への手紙の16章に、同じ名前が出てきます。16章13節に「主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また、彼と私の母とによろしく。」と書かれています。もしこのルポスがクレネ人シモンの息子であったとすれば、シモンが突然十字架を背負うように命じられて、ゴルゴタの丘まで十字架を背負って歩いた後、彼は、おそらく十字架のそばで主イエスの姿を見、また主イエスが十字架の上で語られた7つの言葉を聞いたと思います。それによって彼も主イエスを救い主として信じるようになり、その信仰が息子にまで伝えられて、後に、その息子がローマ教会の重要な人物の1人になったことを指し示しています。


 ゴルゴタの丘に着くと、主イエスは二人と共に十字架に釘で打ち付けられました。十字架刑はローマの死刑の方法では最も厳しいものでしたから、この二人はおそらく強盗殺人のような犯罪を犯していたと思います。家族を殺され財産を奪われた被害者にとっては、憎んでも憎みきれないような人間です。この事実も、不思議なことにイザヤの預言を成就することになります。イザヤ書53章12節の後半に次のような言葉が記されています。「彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。」主は「そむいた人たちとともに数えられた」というのは、極悪人と一緒に十字架の刑にさらされたということです。地面に置かれた十字架の上に寝かされた3人の犯罪者の両手首に太い釘が打ち込まれました。そして足にも釘が打たれてから、4人のローマ兵がロープを使って十字架を起こして、深めに掘った穴の中に入れて十字架を立たせました。両手両足は神経が多く通っているところですから、釘を打ち込まれた痛みは想像を絶するほどです。釘で体がぶら下がっているため、体の重さで体が下がります。すると横隔膜が圧迫されて呼吸ができなくなります。彼らは息を吸い込むために力を足を踏ん張って体を持ち上げようとしますが、そのときに、手足に打たれた釘がさらに体に食い込んで、激痛が走ります。傷のために高熱が生じ、のどはからからの状態です。このようにして限界を超えるような痛みの中で彼らの体は少しずつ弱っていくのです。十字架の下には、釘を打ち付けたときに飛び散った血を浴びた兵士たちがイエスの着物をくじを引いて分けていました。そんな中で、主イエスの驚くような祈りの言葉が語られました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」主イエスは「彼らをお赦しください」と祈りました。「彼ら」の中には、ローマの兵士だけでなく、周りはいろいろな人が集まっていました。そのすべての人に向かって、主イエスが十字架の上で最初に言われた言葉が、彼らのために赦しを求める祈りでした。主イエスの周りにいた人々はみな、イエスをあざけっていました。そこには、民衆がいました。ユダヤ教の指導者たち人たちは、どんな人たちだったのでしょうか。


(1)主イエスをあざける人々

 35節には次のように書かれています。「民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」十字架の周りには民衆が立って、その様子を眺めていました。彼らの中には、イエスの奇跡によって助けられた人、食事をもらった人もいたかも知れません。残酷な刑の執行を見て、言葉にならず呆然と見守っていた人も多かったでしょう。そのような中で、宗教の指導者たち、彼らは、自分たちが旧約聖書の教えをきちんと守っていると確信していた人です。そんな彼らが、十字架を見上げたとき、目の前には釘を打たれた場所から血がぼとぼとと流れ落ち、呼吸の苦しさや高熱の苦しみであえいでいる主イエスの姿がありました。そのような苦しみの只中にいる主イエスに向かって、イエスを馬鹿にしたような言葉を浴びせています。奇妙なことに、彼らは「あれは他人を救った」と言っています。主イエスが他の人を救った証拠は山ほどありました。主イエスは、大勢の病人のために癒しの祈りをされました。らい病人を癒されました。38年間寝たっきりだった男の人を癒されました。当時の人々は、主イエスの働きを知っていたのです。ユダヤ教の指導者たちも知っていました。それなのに、彼らは、主イエスに向かって、まったく哀れみを示さず、ただ主イエスをののしっています。宗教家でありながら、なぜ、人はこんなに冷淡で残酷な人間になれるのでしょうか。

 ローマの兵士たちも、ユダヤ教の指導者たちと一緒になってイエスを罵っています。彼らは旧約聖書も知らないでしょうし、ユダヤ教の教えも知らなかったはずです。それでも、兵士たちも同じように「ユダヤ人の王なら、自分を救え。」と言っています。しかも、彼らは、主イエスを十字架にくぎで打ち付けた後に、主が「父よ、彼らをおゆるし下さい」と祈っている言葉を聞いていたはずです。それなのに、彼らは何も感じることなく、主イエスを罵っていたのです。しかし、このような罵りに対しても、主イエスは何もお答えにはなりませんでした。これも、また、イザヤの預言の言葉の成就でした。ペテロはそのことを次のように書いています。「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。」(第一ペテロ2章22,23節)

 イエスを罵っていたのは、ユダヤ人の指導者やロマーの兵士たちだけではありませんでした。十字架にイエスとともに磔になった二人の強盗たちも主を罵っていました。マタイの福音書27章44節には「イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。」と書かれていますから、最初は二人ともユダヤ教の役人やローマの兵士たちと一緒になって主イエスを罵っていたようです。ところがやがて二人は主イエスに対してまったく反対の態度を取るようになります。二人はイエスの右と左にいました。二人から主イエスまでの距離は同じです。しかし、一人は主イエスの言葉を聞いて態度を変えましたが、もう一人は主イエスの言葉を聞いても主に対する態度は変わりませんでした。1人は「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と言いました。彼も、主イエスが十字架の上で語られた言葉を聞いていましたが、彼は全く主イエスに対する態度を変えませんでした。そんな彼の言葉に対しても、主イエスは何一つ答えることがありませんでした。しかし、もう一方の犯罪人は途中から主イエスに対する態度を変えました。彼は、総督ピラトの前での裁判の時のイエスや、ムチを打たれた時のイエスの様子、十字架にくぎ付けにされた時の様子、また十字架のうえの主イエスの様子を見ていました。また、特に、彼は主が語られた「父よ彼らをお赦しください」という祈りの声も聞いていました。神様に向かって、「父よ」と親しげに祈るイエスの祈りを聞き、また、何よりも、多くの人は十字架の上で他人や神を呪うのですが、主イエスにはそのような様子はまったくなく、聖なるお姿であったに違いありません。それで、彼は自分のこれまでの生き方が罪そのものであったことに目が開かれました。彼は言いました。「われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」そして、もう一方の犯罪人に「お前は神を恐れないのか」と言っています。この犯罪人は神を恐れていたのです。そして、自分が天国に行けるような人間でないことをよく知っていましたので、主イエスには「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」としか言えませんでした。私もいっしょに天国に連れて行ってくださいとは言えなかったのです。また、彼は「あなたの御国の位にお着きになるとき」と言っていますから、イエスが旧約聖書に何度も預言されていた救い主メシヤだと信じました。

 すると、それまで、多くの人が主イエスを罵った時に、イエスは一言も答えられませんでしたが、彼に対しては、すぐに答えられました。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」パラダイスとは、クリスチャンが死んだ後に導かれるところで、神と共に幸せに生きる祝福を表しています。犯罪人がねがったのは、将来、世の終わりに、救い主キリストが罪と悪を滅ぼして世の終わりを迎えるときに、自分のことを思い出してほしいということでした。しかし、主イエスの答えは、「あなたは、今日、この瞬間、私と一緒にパラダイスにいる」という、瞬間的な救いの約束でした。彼は主イエスの隣で十字架に架けられていました。正午から、お昼にも関わらず暗闇が覆っていました。彼自身も十字架の苦しみであえいでいました。激痛の苦しみと呼吸ができない苦しみの中で、死の直前の状態にありました。そんな時に、彼の隣で主イエスが叫びました。「わが神、わが神、あなたはどうして私をお見捨てになったのですか。」この犯罪人の罪をも身代りに背負ったイエスは、限られた時間ではありますが、人間の罪を背負ったために、父なる神から離されてしまったのです。犯罪には、苦しんでいるイエス。最後に「完了した」と叫んで死んだ瞬間も彼は目撃しました。彼は、自分もまもなく死ぬことを知っていました。しかし、彼の心の中には不思議な平安があったと思います。そんな時に、ローマの兵士が彼の死を早めるために、足の骨を砕きました。そして彼の脇腹にやりを突き刺しました。その時、彼の肉体は滅びました。しかし、その瞬間、主イエスが約束されたように、彼の魂は、主イエスとともにパラダイスに移されていたのです。