礼拝説教 2009年2月1日 砕かれた神 イザヤ53:1-6
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(イントロ)
今日読みましたイザヤ書53章は、イザヤ書の中で、いや、旧約聖書の預言書の中でもっとも有名な救い主イエスに関する預言です。旧約聖書には救い主メシヤに関する預言が300以上あると言われていますが、その中でも、イザヤ書53章は「救い主メシヤは、どのような死に方をするのか」また、「救い主の死は何を意味するのか」ということを非常に鮮明に描いています。メシヤに死について書かれていることが、主イエス・キリストの十字架の死をあまりにも細かく描いているため、これは、後から書き加えられた文章だと考える人もいました。私たちが使っている旧約聖書の原本となるヘブル語旧約聖書は今から1000年ほど前に作られたものです。現存する完全なヘブル語旧約聖書のもっとも古いものです。ですから、これだけを考えればイエスの弟子たちがイザヤ書53章を書き換えたと考えることも不可能ではありません。しかし、1947年にイスラエル南部にある死海のほとりから紀元前1世紀のものと見られるヘブル語で書かれた数多くの文書が発見されました。「死海文書」と呼ばれるものです。その中に旧約聖書も含まれていたのですが、旧約聖書39巻ある中で、イザヤ書だけがほぼ完全なかたちで発見されました。この発見によって、もっとも古いヘブル語旧約聖書の年代が一気に1000年以上さかのぼりました。そして、今私たちが使っている聖書の原本となっているものと、死海文書の中のものを比べるとほぼ内容が同じであることが分かりました。つまり、イザヤ書53章の預言は、確かに、主イエスが救い主として来られる数百年も前に書かれたものであることが証明されたのです。
しかし、イザヤ書の53章に描かれている「救い主メシヤ」の姿は、ユダヤ人の考えとはあまりにもかけ離れていたため、彼らは十字架につけられた救い主を信じることができませんでした。ローマ帝国の時代、十字架は非常に呪われたものでした。良識のある人は「十字架」という言葉を口にすることはありませんでした。その呪いのシンボルである十字架に掛けられたイエスを救い主として信じることは、私たちの時代の普通の人にとってもありえないことです。私たちの社会では、より強い人、より外見の良い人、より裕福な人がもてはやされます。しかし救い主は、謙遜で弱いしもべの姿をとって私たちの世界に来られたのです。そのため、当時のユダヤ人にとってもギリシャ人にとっても救い主を信じることが難しいことでした。パウロは第一コリント1章23−24節では次のように言っています。「私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとってはキリストは神の力、神の知恵なのです」。
(1) 人間の不信仰(1-3節)
1節で、預言者イザヤは「主の御腕は、だれに現われたのか」と尋ねています。「主の腕」とは神の力を現しています。エジプト脱出を実現した指導者モーセは、イスラエルの民がエジプトを脱出するときに、民に向かって次のように言いました。「奴隷の家であるエジプトから出て来たこの日を覚えていなさい。主が力強い御手で、あなたがたをそこから連れ出されたからである。」このように偉大な力を現す神の見腕は主イエスのうちに現れました。だからこそ、主イエスは、らい病人の病気を癒し、盲人の目を開き、風や雨を鎮め、数多くの奇跡を行われました。しかし、人々はイエスを信じようとはしませんでした。
それは、イスラエルの民が望んでいたのが天から栄光と力をもって現れる、そのような救い主だったからです。しかし、主はマリヤの体から、人の助けを受けなければ何もできず、生きていけない赤ちゃんの姿がこの世に来られました。貧しい村ベツレヘムで生まれ、当時人々から軽蔑されていたナザレの村で大工の子供として成長し、しかも、地上で神の子としての働きをはじめてからは、自分の住む家さえ持っておられませんでした。主イエスは、外見は特別な美しさを持っておられたのではなく、普通の人と同じ姿でした。人間は外側しか見ることができません。表面的なことしか見えません。そのために、彼らは主イエスを救い主と信じようとせず、むしろ、主イエスをさげすみました。
3節に、「彼は悲しみの人で病を知っていた」と書かれていますが、ある人はこの「病」という言葉は、「らい病」を意味すると考えています。旧約聖書の規定によると、らい病人患者は人々からのけ者にされ、捨てられ、他の人々との交わりを完全に絶たれました。もし、人が自分に近づいてくるならば、彼らは手を口にあてて「わたしは汚れています」と叫ばなければなりませんでした。当時のらい病患者の生活はどれほど惨めで悲しいものであったでしょう。しかし、主イエスがこの病気を知ったというのは、ただ知識として知ったという意味ではなく、自分もその患者の悲しみ、苦しみを背負って生きられたという意味です。主イエスはまったく罪をもたない、完全に清い神であられるのに、罪を持っている私たちの身代わりになるために神としての栄光を捨て、私たちと同じ姿で私たちの間に住まわれたのです。
ハワイにモロカイ島という島がありますが、そこは、かつては、らい病患者が隔離されていた島でした。
19世紀半ば、ハワイでらい病が広まっていたために、患者が見つかるとすべてモロカイ島に移されたのです。島の患者たちの生活は悲惨を極めていました。傷口を洗う場所さえありませんでした。そこへ自ら志願して行ったのがベルギー人のダミアン神父です。彼は、患者以外でその島に長期滞在をした初めての人でした。彼の献身的な働きによって、きれいな水が確保され、患者たちが住む家が建てられ、教会も建てられて、礼拝も始まりました。彼は心から患者たちに尽くしたのですが、患者たちは彼を自分たちとは違う健康な部外者として見ていました。それがダミアン神父にとって一番大きな悩みでした。彼は患者たちの体に触れることを恐れず、彼らの中で一緒に生活をしていました。そんな中、やがて彼自身がらい病にかかりました。彼は、そのことを心から喜びました。ベルギーに書き送った手紙の中でも、「私は、ようやく、モロカイの人々と同じになれました。心から神に感謝します」と書いているそうです。その後も、彼は献身的な働きを続けましたが、病気が悪化して、49歳でこの世を去りました。
主イエスは私たちの罪を赦すために、ご自分が私たちの罪の罰を受けてくだったのですが、人々はそのように理解しませんでした。
(2) キリストの苦しみ
4節に「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだ」と書かれています。主イエスは、私たちの病を負い、痛みをになったとあります。主イエスは、私たちの罪を背負ってくださっただけでなく、私たちの病気や痛みをも引き受けてくださったのです。しかし、外側や表面しか見ない人間は、「イエスが十字架の苦しみを受けたのは、自分の罪のせいだ」と考えました。そして主イエスをさげすみました。主イエスが、十字架に掛けられるとき、人々はイエスをあざけり、ある者はイエスの顔につばを吐きかけ、ローマの兵士は、命令されるままに主イエスの体にムチを打ち続けました。彼らは、主イエスがこのような扱いを受けることを当然だと考えていました。
しかし、5節ははっきりと主イエスの十字架の死の意味を教えています。「彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」主イエスは、私たちの身代わりとなって、罪の刑罰を受けられました。そのことが私たちに平安をもたらし、私たちの罪は赦されたのです。誰かが法律を犯した場合、その人が本当に安心できるのは、その違反に対して法律が要求する刑罰が実行されたときです。刑罰が実行されれば、もうそれ以上、法律がその人にたいして要求してくることがないからです。主イエスは、私たちの罪に関して聖書の律法が要求する刑罰を身代わりに受けてくださいました。ですから、もはや律法が私たちに要求することがないのです。そのために、私たちは神との関係において平安を持つことができ、私たちは全人格的に癒されました。罪は、ある意味、ガンのようなもので、それが取り去られない限り私たちの命を滅ぼして行きます。キリストは十字架の死によって、私たちの中にある霊的ながん細胞を取り除いてくださいました。
7節から9節に描かれている姿は、十字架にかかるイエスの姿をおどろくほど細かな点まで預言しています。7節には、「彼は苦しんだが、口を開かない」と書かれています。これは、ローマの総督ピラトが主イエスを裁いていた時の姿です。主イエスは、ユダヤ教の指導者たちが自分に対する偽りの証言をしても自分から弁明することは一切ありませんでした。それは、神の御子であるイエスが自分から進んで罪人の地位について、罪人が受ける罰を当然のこととして受けてくださったからです。9節には「彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた」と書かれています。イエスが十字架につけられたとき、イエスは二人の犯罪人にはさまれて処刑されました。イエスは犯罪人と見なされて死にました。また、イエスの遺体はアリマタヤのヨセフと言う人が引き取りを申し出たので、この人が準備していた新しい墓の中に納められました。この人は国会議員でしたので、裕福な人間でした。何と細かな点まで、イエスの十字架の出来事が預言されていることでしょうか。彼はイザヤが言うように、ほふり場に引かれていく子羊のように、文句も言わず、乱暴なふるまいもせず、汚れのない子羊として十字架の道を進んでいかれました。
(3)イエスの勝利
主イエスは、神の御子であり、まったく罪を持っておられないのに、十字架の恥と苦しみを受けて御自分の命を捨てられました。しかし、それは父なる神の御心であったのです。なぜ、それが御心であったのでしょうか。それは、神様が願っていることは罪を持っているこの世のすべての人間が、私たちの身代わりとなって罪の罰を受けられたイエスの十字架の死を通して、罪が赦されて永遠のいのちが与えられることを願われたからです。言い換えれば、それほどまでに私たち一人一人を愛して、その命を大切なものと見なしてくださったからです。イエスの十字架によって神の律法は満足しました。しかし、11節を見ると、「彼は自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て満足する」と書かれています。これはどういう意味でしょうか。これは産みの苦しみを表しています。主イエスが十字架の大きな苦しみを味わいました。そして十字架の上でイエスが最後に言われた言葉は「完了した」という言葉でした。これは絶望の言葉ではありません。自分のなすべきことを全部やり遂げたので、ついに人間の罪が赦される道が開かれたことを意味します。自分の働きによって、滅ぶべき人間が救われたのです。そのことを知って、主イエスも喜んでおられるのです。それは、ちょうど妊婦が長い間、死にそうなほどの分娩の苦しみを味わったあとに、産まれた赤ちゃんの鳴き声を聞き、すべての苦しみ・痛みを忘れて、喜びで胸がいっぱいになるのと同じです。主イエスは、十字架の死後三日目に死から復活され、それから40日目に天に帰られて、今は天において、私たちのために祈っておられます。私たちが自分の罪を認めてイエスを救い主として信じるようにと祈っておられます。ですから、これまでどんな生き方をしてきた人であっても、自分の罪を認め、悔い改めて、主イエスの十字架の苦しみは自分のためであったことを信じるときに、天において主イエスは、この世で受けたあらゆるあざけり、ののしり、苦しみ、恥、痛み、それらすべてを忘れて、心から満足されるのです。
(イントロ)
今日読みましたイザヤ書53章は、イザヤ書の中で、いや、旧約聖書の預言書の中でもっとも有名な救い主イエスに関する預言です。旧約聖書には救い主メシヤに関する預言が300以上あると言われていますが、その中でも、イザヤ書53章は「救い主メシヤは、どのような死に方をするのか」また、「救い主の死は何を意味するのか」ということを非常に鮮明に描いています。メシヤに死について書かれていることが、主イエス・キリストの十字架の死をあまりにも細かく描いているため、これは、後から書き加えられた文章だと考える人もいました。私たちが使っている旧約聖書の原本となるヘブル語旧約聖書は今から1000年ほど前に作られたものです。現存する完全なヘブル語旧約聖書のもっとも古いものです。ですから、これだけを考えればイエスの弟子たちがイザヤ書53章を書き換えたと考えることも不可能ではありません。しかし、1947年にイスラエル南部にある死海のほとりから紀元前1世紀のものと見られるヘブル語で書かれた数多くの文書が発見されました。「死海文書」と呼ばれるものです。その中に旧約聖書も含まれていたのですが、旧約聖書39巻ある中で、イザヤ書だけがほぼ完全なかたちで発見されました。この発見によって、もっとも古いヘブル語旧約聖書の年代が一気に1000年以上さかのぼりました。そして、今私たちが使っている聖書の原本となっているものと、死海文書の中のものを比べるとほぼ内容が同じであることが分かりました。つまり、イザヤ書53章の預言は、確かに、主イエスが救い主として来られる数百年も前に書かれたものであることが証明されたのです。
しかし、イザヤ書の53章に描かれている「救い主メシヤ」の姿は、ユダヤ人の考えとはあまりにもかけ離れていたため、彼らは十字架につけられた救い主を信じることができませんでした。ローマ帝国の時代、十字架は非常に呪われたものでした。良識のある人は「十字架」という言葉を口にすることはありませんでした。その呪いのシンボルである十字架に掛けられたイエスを救い主として信じることは、私たちの時代の普通の人にとってもありえないことです。私たちの社会では、より強い人、より外見の良い人、より裕福な人がもてはやされます。しかし救い主は、謙遜で弱いしもべの姿をとって私たちの世界に来られたのです。そのため、当時のユダヤ人にとってもギリシャ人にとっても救い主を信じることが難しいことでした。パウロは第一コリント1章23−24節では次のように言っています。「私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとってはキリストは神の力、神の知恵なのです」。
(1) 人間の不信仰(1-3節)
1節で、預言者イザヤは「主の御腕は、だれに現われたのか」と尋ねています。「主の腕」とは神の力を現しています。エジプト脱出を実現した指導者モーセは、イスラエルの民がエジプトを脱出するときに、民に向かって次のように言いました。「奴隷の家であるエジプトから出て来たこの日を覚えていなさい。主が力強い御手で、あなたがたをそこから連れ出されたからである。」このように偉大な力を現す神の見腕は主イエスのうちに現れました。だからこそ、主イエスは、らい病人の病気を癒し、盲人の目を開き、風や雨を鎮め、数多くの奇跡を行われました。しかし、人々はイエスを信じようとはしませんでした。
それは、イスラエルの民が望んでいたのが天から栄光と力をもって現れる、そのような救い主だったからです。しかし、主はマリヤの体から、人の助けを受けなければ何もできず、生きていけない赤ちゃんの姿がこの世に来られました。貧しい村ベツレヘムで生まれ、当時人々から軽蔑されていたナザレの村で大工の子供として成長し、しかも、地上で神の子としての働きをはじめてからは、自分の住む家さえ持っておられませんでした。主イエスは、外見は特別な美しさを持っておられたのではなく、普通の人と同じ姿でした。人間は外側しか見ることができません。表面的なことしか見えません。そのために、彼らは主イエスを救い主と信じようとせず、むしろ、主イエスをさげすみました。
3節に、「彼は悲しみの人で病を知っていた」と書かれていますが、ある人はこの「病」という言葉は、「らい病」を意味すると考えています。旧約聖書の規定によると、らい病人患者は人々からのけ者にされ、捨てられ、他の人々との交わりを完全に絶たれました。もし、人が自分に近づいてくるならば、彼らは手を口にあてて「わたしは汚れています」と叫ばなければなりませんでした。当時のらい病患者の生活はどれほど惨めで悲しいものであったでしょう。しかし、主イエスがこの病気を知ったというのは、ただ知識として知ったという意味ではなく、自分もその患者の悲しみ、苦しみを背負って生きられたという意味です。主イエスはまったく罪をもたない、完全に清い神であられるのに、罪を持っている私たちの身代わりになるために神としての栄光を捨て、私たちと同じ姿で私たちの間に住まわれたのです。
ハワイにモロカイ島という島がありますが、そこは、かつては、らい病患者が隔離されていた島でした。
19世紀半ば、ハワイでらい病が広まっていたために、患者が見つかるとすべてモロカイ島に移されたのです。島の患者たちの生活は悲惨を極めていました。傷口を洗う場所さえありませんでした。そこへ自ら志願して行ったのがベルギー人のダミアン神父です。彼は、患者以外でその島に長期滞在をした初めての人でした。彼の献身的な働きによって、きれいな水が確保され、患者たちが住む家が建てられ、教会も建てられて、礼拝も始まりました。彼は心から患者たちに尽くしたのですが、患者たちは彼を自分たちとは違う健康な部外者として見ていました。それがダミアン神父にとって一番大きな悩みでした。彼は患者たちの体に触れることを恐れず、彼らの中で一緒に生活をしていました。そんな中、やがて彼自身がらい病にかかりました。彼は、そのことを心から喜びました。ベルギーに書き送った手紙の中でも、「私は、ようやく、モロカイの人々と同じになれました。心から神に感謝します」と書いているそうです。その後も、彼は献身的な働きを続けましたが、病気が悪化して、49歳でこの世を去りました。
主イエスは私たちの罪を赦すために、ご自分が私たちの罪の罰を受けてくだったのですが、人々はそのように理解しませんでした。
(2) キリストの苦しみ
4節に「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだ」と書かれています。主イエスは、私たちの病を負い、痛みをになったとあります。主イエスは、私たちの罪を背負ってくださっただけでなく、私たちの病気や痛みをも引き受けてくださったのです。しかし、外側や表面しか見ない人間は、「イエスが十字架の苦しみを受けたのは、自分の罪のせいだ」と考えました。そして主イエスをさげすみました。主イエスが、十字架に掛けられるとき、人々はイエスをあざけり、ある者はイエスの顔につばを吐きかけ、ローマの兵士は、命令されるままに主イエスの体にムチを打ち続けました。彼らは、主イエスがこのような扱いを受けることを当然だと考えていました。
しかし、5節ははっきりと主イエスの十字架の死の意味を教えています。「彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」主イエスは、私たちの身代わりとなって、罪の刑罰を受けられました。そのことが私たちに平安をもたらし、私たちの罪は赦されたのです。誰かが法律を犯した場合、その人が本当に安心できるのは、その違反に対して法律が要求する刑罰が実行されたときです。刑罰が実行されれば、もうそれ以上、法律がその人にたいして要求してくることがないからです。主イエスは、私たちの罪に関して聖書の律法が要求する刑罰を身代わりに受けてくださいました。ですから、もはや律法が私たちに要求することがないのです。そのために、私たちは神との関係において平安を持つことができ、私たちは全人格的に癒されました。罪は、ある意味、ガンのようなもので、それが取り去られない限り私たちの命を滅ぼして行きます。キリストは十字架の死によって、私たちの中にある霊的ながん細胞を取り除いてくださいました。
7節から9節に描かれている姿は、十字架にかかるイエスの姿をおどろくほど細かな点まで預言しています。7節には、「彼は苦しんだが、口を開かない」と書かれています。これは、ローマの総督ピラトが主イエスを裁いていた時の姿です。主イエスは、ユダヤ教の指導者たちが自分に対する偽りの証言をしても自分から弁明することは一切ありませんでした。それは、神の御子であるイエスが自分から進んで罪人の地位について、罪人が受ける罰を当然のこととして受けてくださったからです。9節には「彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた」と書かれています。イエスが十字架につけられたとき、イエスは二人の犯罪人にはさまれて処刑されました。イエスは犯罪人と見なされて死にました。また、イエスの遺体はアリマタヤのヨセフと言う人が引き取りを申し出たので、この人が準備していた新しい墓の中に納められました。この人は国会議員でしたので、裕福な人間でした。何と細かな点まで、イエスの十字架の出来事が預言されていることでしょうか。彼はイザヤが言うように、ほふり場に引かれていく子羊のように、文句も言わず、乱暴なふるまいもせず、汚れのない子羊として十字架の道を進んでいかれました。
(3)イエスの勝利
主イエスは、神の御子であり、まったく罪を持っておられないのに、十字架の恥と苦しみを受けて御自分の命を捨てられました。しかし、それは父なる神の御心であったのです。なぜ、それが御心であったのでしょうか。それは、神様が願っていることは罪を持っているこの世のすべての人間が、私たちの身代わりとなって罪の罰を受けられたイエスの十字架の死を通して、罪が赦されて永遠のいのちが与えられることを願われたからです。言い換えれば、それほどまでに私たち一人一人を愛して、その命を大切なものと見なしてくださったからです。イエスの十字架によって神の律法は満足しました。しかし、11節を見ると、「彼は自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て満足する」と書かれています。これはどういう意味でしょうか。これは産みの苦しみを表しています。主イエスが十字架の大きな苦しみを味わいました。そして十字架の上でイエスが最後に言われた言葉は「完了した」という言葉でした。これは絶望の言葉ではありません。自分のなすべきことを全部やり遂げたので、ついに人間の罪が赦される道が開かれたことを意味します。自分の働きによって、滅ぶべき人間が救われたのです。そのことを知って、主イエスも喜んでおられるのです。それは、ちょうど妊婦が長い間、死にそうなほどの分娩の苦しみを味わったあとに、産まれた赤ちゃんの鳴き声を聞き、すべての苦しみ・痛みを忘れて、喜びで胸がいっぱいになるのと同じです。主イエスは、十字架の死後三日目に死から復活され、それから40日目に天に帰られて、今は天において、私たちのために祈っておられます。私たちが自分の罪を認めてイエスを救い主として信じるようにと祈っておられます。ですから、これまでどんな生き方をしてきた人であっても、自分の罪を認め、悔い改めて、主イエスの十字架の苦しみは自分のためであったことを信じるときに、天において主イエスは、この世で受けたあらゆるあざけり、ののしり、苦しみ、恥、痛み、それらすべてを忘れて、心から満足されるのです。

