礼拝説教 2008年12月28日 『シメオンの賛歌』(ルカ2章21-40節)
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クリスマス礼拝、キャンドルサービスの喜びに満ちた時から1週間が過ぎました。先週の日曜日はクリスマスの音楽を楽しみ、また私たちの教会では洗礼式や愛餐会を行って、本当にうれしさと楽しさが一杯の一日でした。それと比べると、今日は一年の最後の日曜日なので、何となくさびしさを感じます。ところで、2000年前には、ヨセフとマリヤは主イエスがお生まれになった後どのような1週間を過ごしたでしょうか。クリスマスイブの夜、二人は必死になって宿屋を探しましたが、空いている部屋はなく、マリヤは馬小屋で出産しなければなりませんでした。そして、その夜、羊飼いたちが二人を訪れてきて、ベツレヘムの空に天使の軍勢が現れて、救い主の誕生という喜びの知らせが彼らに告げられたことを話しました。ルカの2章19節には、「マリヤはこれらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた」と書かれています。マリヤもヨセフも、生まれたばかりの赤ちゃんを見ながら、二人が天使から聞いた言葉について思い巡らしていたことと思います。天使ガブリエルは夫ヨセフには、この赤ちゃんがご自分の民をもろもろの罪から救う者となるので、イエスという名前を付けるようにと告げています。また、妻マリヤに対しては、この赤ちゃんが大いなる者となり、いと高き者の子となると告げました。ユダヤ人が昔から待ち望んでいた救い主、神が人の姿をとってこの世に来られたこと、二人は、そのことの意味の大きさをずべて理解することができずに、いろいろ思い巡らしていたと思います。
ルカ福音書2章21節には「八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子はイエスという名で呼ばれることになった。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。」と書かれています。旧約聖書の教えでは、アブラハムの家の属する家に生まれた男子は皆、八日目に割礼という儀式を受けるように命じられています。(創世記17章)ヨセフとマリヤはその命令に従ってクリスマスから1週間過ぎた日に、赤ちゃんイエスに割礼の儀式を受けさせています。ルカ福音書にはただ、その事実について簡単に記されていますが、この出来事はとても大切な意味が含まれていると思います。ひとつには、主イエスが、あらゆる点で私たち人間と同じになるために、イエスも割礼を受けることが必要であったということです。割礼は、体の皮膚の一部を切り取ることですから、とても痛いことです。赤ちゃんは泣き叫びます。主イエスは、その痛みを味わわれました。また、この日に、赤ちゃんは正式に「イエス」という名前が付けられました。イエスという名前はギリシャ語の名前で、これはユダヤ人の言葉であるヘブル語では「ヨシュア」という発音になります。旧約聖書に登場する、ヨシュアはモーセの後継者で、主イエスよりも1500年前の時代のユダヤ人をエジプトの奴隷生活から解放し、神様が与えてくださった約束の国に入るときのリーダーでした。ヨシュアという名前は、「エホバの神は救い主」という意味ですが、ヨシュアは、もともとは別の名前を持っていました。彼の本名はホセアと言いました。(民13:16)この歴史的な出来事から考えると、ヨシュアという名前には、ただ単に「神は救い主」という意味だけではなく、ヨシュアがユダヤ人をエジプトの苦しみから解放したように、イエスも私たち一人ひとりをいろいろな束縛から解放する救い主という意味が含まれていると思います。モーセの時代に、ユダヤ人がエジプトの苦しい奴隷状態から解放されるときには、何度も神様が大きな力ある業を行ってくださいました。主イエスも、私たちの人生に大きな働きをしてくださって、私たちをいろいろな束縛から解放する力を持っておられます。主イエスがベツレヘムの村の汚い馬小屋で生まれてくださったとき、み使いの知らせを聞いた羊飼いと、星を研究していた東の国の博士と、ヨセフとマリア以外は、誰もこの大きな出来事がおきたことを知りませんでした。ただ、貧しい夫婦に赤ちゃんが生まれただけとしか見えない出来事でしたが、あれから2000年たった、今も、多くの人が、この救い主イエスと出会って人生を変えられています。
ユダヤ教の教えによれば、女性が男の子を産むと宗教的に汚れていると見なされました。最初の7日間家の中にこもっていなければならず、8日目には赤ちゃんに割礼の儀式を受けさせ、その後さらに32日間、その女性は、神殿に入ることは許されず、家にこもっていなければなりませんでした。そして、その汚れの期間が終わった時、すなわち赤ちゃんが生まれてから40日過ぎて、夫婦は神殿に行き、動物のいけにえをささげます。このことによってこの女性が宗教的にきよくなったことが公に証明されるのでした。このときにささげる動物は一般的には子羊なのですが、マリヤとヨセフは貧しかったので、その代わりに山ばとと家ばとをささげています。
マリヤとヨセフがエルサレムの神殿に入ったときに、彼らは二人の人物に出会います。シメオンとアンナ。二人とも年老いていました。シメオンについては2章25節でルカは次のように書いています。「この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。」と書かれています。シメオンの年齢は聖書ははっきりと書いていませんが、29節でシメオンが「救い主を見たので、安らかにこの世を去ることができる」と述べていることから、かなり年齢のいった老人だと考えられています。人間は年を取るといままでできたことができなくなり、また足腰も弱くなって、気持ちが落ち込みやすくなります。外にでるのが億劫になって家にこもりがちになります。将来に対する希望がなくなって、気持ちが落ち込みます。このような症状は老人性うつ病と呼ばれています。しかし、シメオンはまったく違っていました。それは、彼には希望があったからです。25節に「シメオンはイスラエルの慰められることを待ち望んでいた。」と書かれていますが、これはどんな意味なのでしょうか。「イスラエルの慰め」とは当時ユダヤ人が待ち望んでいた旧約聖書に預言された救い主を意味するのに使われていた言葉です。ユダヤ人はみな、旧約聖書の預言を知っていますから、誰もが救い主を待ち望んでいたのですが、旧約聖書最後の預言者マラキの時代から約400年間、預言者は現れず、ユダヤ人全体に対する神様からメッセージが止まっていました。そのため、人々は自分勝手な、自分の願いどおりの救い主を求めるようになり、当時、ローマ帝国の支配で苦しんでいたので、彼らは、ローマの支配を打ち破る政治的な力、軍事的な力を持っている救い主を待ち望むようになっていました。しかし、シメオンは正しい敬虔な人でした。自分の願いを追及するのではなく、神様の言葉に心から従う人でしたから、自分勝手は救い主を待つ人ではありませんでした。彼は、いつも神殿に来ては、救い主に会う日を待ち望んでいました。人は、普通、死ぬ前に何を願い求めるでしょうか。自分の業績がいつまでも残ることを求めるでしょうか。自分のことを人々がいつまでも覚えていることを願い求めるでしょうか。自分の家族が幸せであることを願い求めるでしょうか。私たちは普通、死ぬ前に個人的な、自己中心的な願望を持つことが多いのですが、シメオンは、そこが他の人と違っていました。彼は、ただ救い主に会いたいという願いを持っており、また、その救い主によってユダヤ人だけでなくすべての人々が救いを受けることを願っていました。
彼には信仰の目が与えられていました。シメオンがいた神殿はエルサレムの都にあり、いつも大勢の人がやってくる場所でした。立派な身なりをしたユダヤ教の指導者や、聖書学者たち、また、聖書の教えを守っていると自負していたパリサイ人もいました。その中に混じって、ヨセフとマリヤが赤ちゃんのイエスを抱いて神殿に入って来たのです。24節の言葉から、二人が山ばとと家ばとを捧げものとして持ってきていますから、彼らは貧しかったことが分かります。二人の服装もみすぼらしいものだったでしょう。ですから、シメオン以外の人は、誰も二人のことに気がつかず、神殿に旧約聖書が予言しており長い間人々が待ち望んでいた救い主がおらることに全然気づいていません。しかし、シメオンはすぐに分かりました。ヨセフとマリヤと赤ちゃんイエスが神殿に入ってくると、シメオンはすぐに彼らに近づき、幼子を腕にだいて、神様に向かってほめたたえる言葉を歌のように語りました。「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。」貧しい幼い夫婦の腕に抱かれた赤ちゃんイエスを抱いて、シメオンは、「この方こそ異邦人を照らすまことの光であり、すべての人が救われるために神様によって備えられた救い主だ」と主イエスをほめたたえています。私たちが神様を信じるときに、はじめて、本当のものが見えてるようになります。神を信じないで、自己中心の心を持ったままで生きていると、絶えず自分のわがままを満たすために生きていますから、一番大切なものは自分の願いを実現してくれるものです。そのような心を持っていると、本当に必要なもの、本当に価値あるものが見えません。この時、シメオンとともに神殿にいた人は何百人もいたはずですが、赤ちゃんイエスを見て救い主であることが分かったのはシメオンだけでした。他の人は、自分の生活が苦しくて神様が苦しい生活から自分を救い出してくれるようにと熱心に祈っていましたが、肝心の父なる神様によって送られた救い主が見えなかったのです。
シメオンは「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。」と言いました。赤ちゃんイエスを抱いたときに、彼は「もう私はいつ死んでもよい」と思ったのです。5世紀の偉大なキリスト教の思想家であったアウグスチヌスは若いころ乱れた生活をしていましたが、彼の母モニカは絶えず自分の息子が回心してイエス・キリストを信じるようにと祈り続けました。母モニカの熱心な祈りの結果、彼は32歳のときに回心し、その年に洗礼を受けましたが、彼が洗礼を受けた後、まもなくして母モニカは天に召されました。モニカは息子の口から、彼がクリスチャンになったことを聞いたときに、踊りあがって喜び叫んだそうです。そして、「もう私はいつ死んでもよい」と言ったとのことです。聖書は、私たち人間は、救い主イエス・キリストと出会って、イエスを救い主として信じて罪が赦され、永遠のいのちの約束を受け取って初めて死に対する備えができるのだと教えています。人は年を取れば、誰もが自然に死の準備ができるというのではありません。私たち人間は、明日自分がどうなるのかさえも分かりません。自分がいつこの世を去るのか、それも分かりません。ですから、年齢に関係なく、人はみな死に対する備えができていなければならないのですが、あなたはその備えができているでしょうか。シメオンが言っているように、救い主イエスを信じるときに、私たちは初めて安らかにこの世を去ることができるのです。
最初に言いましたように、「イエス」という名前には解放者という意味があります。イエスを信じるときになぜ、人は安らかにこの世を去ることができるのでしょうか。それは、自分の死を救い主に委ねることができるからではないでしょうか。イエスは繰り返して「永遠のいのち」の約束をしておられますが、特にヨハネの福音書14章1-3節でははっきりと述べておられます。イエスは「わたしはあなたがたのために場所を備えに行く」と言われましたが、主イエスは私たちが天国に行けるように先駆けとなってくださいました。ローマ帝国の軍隊には偵察隊があり、この偵察隊が本隊の先駆けとなりました。彼らは先にでかけて道を調べ、本隊があとから来ても安全であることを確認する責任をになっていました。そのように主イエスは、わたしたちがあとから付いていけるように天国に至る安全な道を開いてくださったのです。そして、言われたことは、「わたしがいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」ということです。クリスチャンにとって天国とは、その景色よりも何よりも大切なことは、そこが主イエスのおられる場所であるということです。私たちは、天国の様子をあれこれ想像する必要はありません。そこが永遠に主イエスとともに過ごす場所であるということを知れば、それで十分なのです。私たちが誰かを心から愛すると、どんな家に住むかということはあまり問題ではありません。ただ一緒にいるだけで喜びでいっぱいだからです。この世にあっては、クリスチャンのキリストとの交わりは、まだぼんやりとしていますが、天国に行けば顔と顔を合わせて、主イエスとともに永遠に過ごすことになるのです。永遠に、私たちをイエスから引き離すものは何一つないのです。このことを知れば、私たちは何を恐れる必要があるでしょうか。私たちも、救い主イエスを信じているので、シメオンと同じように、「みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。」と告白できるのです。
クリスマス礼拝、キャンドルサービスの喜びに満ちた時から1週間が過ぎました。先週の日曜日はクリスマスの音楽を楽しみ、また私たちの教会では洗礼式や愛餐会を行って、本当にうれしさと楽しさが一杯の一日でした。それと比べると、今日は一年の最後の日曜日なので、何となくさびしさを感じます。ところで、2000年前には、ヨセフとマリヤは主イエスがお生まれになった後どのような1週間を過ごしたでしょうか。クリスマスイブの夜、二人は必死になって宿屋を探しましたが、空いている部屋はなく、マリヤは馬小屋で出産しなければなりませんでした。そして、その夜、羊飼いたちが二人を訪れてきて、ベツレヘムの空に天使の軍勢が現れて、救い主の誕生という喜びの知らせが彼らに告げられたことを話しました。ルカの2章19節には、「マリヤはこれらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた」と書かれています。マリヤもヨセフも、生まれたばかりの赤ちゃんを見ながら、二人が天使から聞いた言葉について思い巡らしていたことと思います。天使ガブリエルは夫ヨセフには、この赤ちゃんがご自分の民をもろもろの罪から救う者となるので、イエスという名前を付けるようにと告げています。また、妻マリヤに対しては、この赤ちゃんが大いなる者となり、いと高き者の子となると告げました。ユダヤ人が昔から待ち望んでいた救い主、神が人の姿をとってこの世に来られたこと、二人は、そのことの意味の大きさをずべて理解することができずに、いろいろ思い巡らしていたと思います。
ルカ福音書2章21節には「八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子はイエスという名で呼ばれることになった。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。」と書かれています。旧約聖書の教えでは、アブラハムの家の属する家に生まれた男子は皆、八日目に割礼という儀式を受けるように命じられています。(創世記17章)ヨセフとマリヤはその命令に従ってクリスマスから1週間過ぎた日に、赤ちゃんイエスに割礼の儀式を受けさせています。ルカ福音書にはただ、その事実について簡単に記されていますが、この出来事はとても大切な意味が含まれていると思います。ひとつには、主イエスが、あらゆる点で私たち人間と同じになるために、イエスも割礼を受けることが必要であったということです。割礼は、体の皮膚の一部を切り取ることですから、とても痛いことです。赤ちゃんは泣き叫びます。主イエスは、その痛みを味わわれました。また、この日に、赤ちゃんは正式に「イエス」という名前が付けられました。イエスという名前はギリシャ語の名前で、これはユダヤ人の言葉であるヘブル語では「ヨシュア」という発音になります。旧約聖書に登場する、ヨシュアはモーセの後継者で、主イエスよりも1500年前の時代のユダヤ人をエジプトの奴隷生活から解放し、神様が与えてくださった約束の国に入るときのリーダーでした。ヨシュアという名前は、「エホバの神は救い主」という意味ですが、ヨシュアは、もともとは別の名前を持っていました。彼の本名はホセアと言いました。(民13:16)この歴史的な出来事から考えると、ヨシュアという名前には、ただ単に「神は救い主」という意味だけではなく、ヨシュアがユダヤ人をエジプトの苦しみから解放したように、イエスも私たち一人ひとりをいろいろな束縛から解放する救い主という意味が含まれていると思います。モーセの時代に、ユダヤ人がエジプトの苦しい奴隷状態から解放されるときには、何度も神様が大きな力ある業を行ってくださいました。主イエスも、私たちの人生に大きな働きをしてくださって、私たちをいろいろな束縛から解放する力を持っておられます。主イエスがベツレヘムの村の汚い馬小屋で生まれてくださったとき、み使いの知らせを聞いた羊飼いと、星を研究していた東の国の博士と、ヨセフとマリア以外は、誰もこの大きな出来事がおきたことを知りませんでした。ただ、貧しい夫婦に赤ちゃんが生まれただけとしか見えない出来事でしたが、あれから2000年たった、今も、多くの人が、この救い主イエスと出会って人生を変えられています。
ユダヤ教の教えによれば、女性が男の子を産むと宗教的に汚れていると見なされました。最初の7日間家の中にこもっていなければならず、8日目には赤ちゃんに割礼の儀式を受けさせ、その後さらに32日間、その女性は、神殿に入ることは許されず、家にこもっていなければなりませんでした。そして、その汚れの期間が終わった時、すなわち赤ちゃんが生まれてから40日過ぎて、夫婦は神殿に行き、動物のいけにえをささげます。このことによってこの女性が宗教的にきよくなったことが公に証明されるのでした。このときにささげる動物は一般的には子羊なのですが、マリヤとヨセフは貧しかったので、その代わりに山ばとと家ばとをささげています。
マリヤとヨセフがエルサレムの神殿に入ったときに、彼らは二人の人物に出会います。シメオンとアンナ。二人とも年老いていました。シメオンについては2章25節でルカは次のように書いています。「この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。」と書かれています。シメオンの年齢は聖書ははっきりと書いていませんが、29節でシメオンが「救い主を見たので、安らかにこの世を去ることができる」と述べていることから、かなり年齢のいった老人だと考えられています。人間は年を取るといままでできたことができなくなり、また足腰も弱くなって、気持ちが落ち込みやすくなります。外にでるのが億劫になって家にこもりがちになります。将来に対する希望がなくなって、気持ちが落ち込みます。このような症状は老人性うつ病と呼ばれています。しかし、シメオンはまったく違っていました。それは、彼には希望があったからです。25節に「シメオンはイスラエルの慰められることを待ち望んでいた。」と書かれていますが、これはどんな意味なのでしょうか。「イスラエルの慰め」とは当時ユダヤ人が待ち望んでいた旧約聖書に預言された救い主を意味するのに使われていた言葉です。ユダヤ人はみな、旧約聖書の預言を知っていますから、誰もが救い主を待ち望んでいたのですが、旧約聖書最後の預言者マラキの時代から約400年間、預言者は現れず、ユダヤ人全体に対する神様からメッセージが止まっていました。そのため、人々は自分勝手な、自分の願いどおりの救い主を求めるようになり、当時、ローマ帝国の支配で苦しんでいたので、彼らは、ローマの支配を打ち破る政治的な力、軍事的な力を持っている救い主を待ち望むようになっていました。しかし、シメオンは正しい敬虔な人でした。自分の願いを追及するのではなく、神様の言葉に心から従う人でしたから、自分勝手は救い主を待つ人ではありませんでした。彼は、いつも神殿に来ては、救い主に会う日を待ち望んでいました。人は、普通、死ぬ前に何を願い求めるでしょうか。自分の業績がいつまでも残ることを求めるでしょうか。自分のことを人々がいつまでも覚えていることを願い求めるでしょうか。自分の家族が幸せであることを願い求めるでしょうか。私たちは普通、死ぬ前に個人的な、自己中心的な願望を持つことが多いのですが、シメオンは、そこが他の人と違っていました。彼は、ただ救い主に会いたいという願いを持っており、また、その救い主によってユダヤ人だけでなくすべての人々が救いを受けることを願っていました。
彼には信仰の目が与えられていました。シメオンがいた神殿はエルサレムの都にあり、いつも大勢の人がやってくる場所でした。立派な身なりをしたユダヤ教の指導者や、聖書学者たち、また、聖書の教えを守っていると自負していたパリサイ人もいました。その中に混じって、ヨセフとマリヤが赤ちゃんのイエスを抱いて神殿に入って来たのです。24節の言葉から、二人が山ばとと家ばとを捧げものとして持ってきていますから、彼らは貧しかったことが分かります。二人の服装もみすぼらしいものだったでしょう。ですから、シメオン以外の人は、誰も二人のことに気がつかず、神殿に旧約聖書が予言しており長い間人々が待ち望んでいた救い主がおらることに全然気づいていません。しかし、シメオンはすぐに分かりました。ヨセフとマリヤと赤ちゃんイエスが神殿に入ってくると、シメオンはすぐに彼らに近づき、幼子を腕にだいて、神様に向かってほめたたえる言葉を歌のように語りました。「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。」貧しい幼い夫婦の腕に抱かれた赤ちゃんイエスを抱いて、シメオンは、「この方こそ異邦人を照らすまことの光であり、すべての人が救われるために神様によって備えられた救い主だ」と主イエスをほめたたえています。私たちが神様を信じるときに、はじめて、本当のものが見えてるようになります。神を信じないで、自己中心の心を持ったままで生きていると、絶えず自分のわがままを満たすために生きていますから、一番大切なものは自分の願いを実現してくれるものです。そのような心を持っていると、本当に必要なもの、本当に価値あるものが見えません。この時、シメオンとともに神殿にいた人は何百人もいたはずですが、赤ちゃんイエスを見て救い主であることが分かったのはシメオンだけでした。他の人は、自分の生活が苦しくて神様が苦しい生活から自分を救い出してくれるようにと熱心に祈っていましたが、肝心の父なる神様によって送られた救い主が見えなかったのです。
シメオンは「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。」と言いました。赤ちゃんイエスを抱いたときに、彼は「もう私はいつ死んでもよい」と思ったのです。5世紀の偉大なキリスト教の思想家であったアウグスチヌスは若いころ乱れた生活をしていましたが、彼の母モニカは絶えず自分の息子が回心してイエス・キリストを信じるようにと祈り続けました。母モニカの熱心な祈りの結果、彼は32歳のときに回心し、その年に洗礼を受けましたが、彼が洗礼を受けた後、まもなくして母モニカは天に召されました。モニカは息子の口から、彼がクリスチャンになったことを聞いたときに、踊りあがって喜び叫んだそうです。そして、「もう私はいつ死んでもよい」と言ったとのことです。聖書は、私たち人間は、救い主イエス・キリストと出会って、イエスを救い主として信じて罪が赦され、永遠のいのちの約束を受け取って初めて死に対する備えができるのだと教えています。人は年を取れば、誰もが自然に死の準備ができるというのではありません。私たち人間は、明日自分がどうなるのかさえも分かりません。自分がいつこの世を去るのか、それも分かりません。ですから、年齢に関係なく、人はみな死に対する備えができていなければならないのですが、あなたはその備えができているでしょうか。シメオンが言っているように、救い主イエスを信じるときに、私たちは初めて安らかにこの世を去ることができるのです。
最初に言いましたように、「イエス」という名前には解放者という意味があります。イエスを信じるときになぜ、人は安らかにこの世を去ることができるのでしょうか。それは、自分の死を救い主に委ねることができるからではないでしょうか。イエスは繰り返して「永遠のいのち」の約束をしておられますが、特にヨハネの福音書14章1-3節でははっきりと述べておられます。イエスは「わたしはあなたがたのために場所を備えに行く」と言われましたが、主イエスは私たちが天国に行けるように先駆けとなってくださいました。ローマ帝国の軍隊には偵察隊があり、この偵察隊が本隊の先駆けとなりました。彼らは先にでかけて道を調べ、本隊があとから来ても安全であることを確認する責任をになっていました。そのように主イエスは、わたしたちがあとから付いていけるように天国に至る安全な道を開いてくださったのです。そして、言われたことは、「わたしがいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」ということです。クリスチャンにとって天国とは、その景色よりも何よりも大切なことは、そこが主イエスのおられる場所であるということです。私たちは、天国の様子をあれこれ想像する必要はありません。そこが永遠に主イエスとともに過ごす場所であるということを知れば、それで十分なのです。私たちが誰かを心から愛すると、どんな家に住むかということはあまり問題ではありません。ただ一緒にいるだけで喜びでいっぱいだからです。この世にあっては、クリスチャンのキリストとの交わりは、まだぼんやりとしていますが、天国に行けば顔と顔を合わせて、主イエスとともに永遠に過ごすことになるのです。永遠に、私たちをイエスから引き離すものは何一つないのです。このことを知れば、私たちは何を恐れる必要があるでしょうか。私たちも、救い主イエスを信じているので、シメオンと同じように、「みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。」と告白できるのです。

