礼拝説教 2008年3月16日 『十字架の勝利』(マタイ27章45-56節)
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(イントロ)
十字架刑は、ローマ帝国で実施されていた死刑の方法としては最も残酷で屈辱的な方法でしたので、ローマ市民が十字架刑を宣告されることはありませんでした。十字架という言葉自体が、不吉な言葉だと考えられていたので、一般の人が「十字架」という言葉を口にすることさえありませんでした。十字架刑を宣告された犯罪人は、街の外にある処刑場まで十字架を背負って歩かなければなりません。そのとき、罪人の首にはその人が犯した犯罪が書かれた札が掛けられていました。イエスは木曜日の夜の最後の晩餐の後に逮捕されてから、一晩中眠ることも許されず、不当な裁判を受け、何度もムチを打たれていましたので、主の体は衰弱しきっていました。一般に、夜中に裁判を行うことはないのですが、ユダヤ教の指導者たちは急いでいました。土曜日は過越しの祭りの特別な安息日だったので、犯罪者の死体によってその安息日が汚れることを嫌って、金曜日のうちにできるだけ早く処刑を行いたいと思っていました。主イエスは十字架の木を背負ってゆっくりと歩いていましたが、彼らは処刑の時間を少しでも早めるために、イエスの変わりに十字架の木を背負う人を群集から選んで、主イエスの変わりに十字架の木を背負わせました。それはエチオピアから過越しの祭りに来ていたシモンという男でした。
マルコの福音書を見ると「アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。」と書かれています。マルコの福音書の読者たちの間では、アレキサンデルとルポスはよく知られた人間のように思えます。恐らく二人は、初代教会の中で中心的な役割を担っていた人物であったと思います。シモンにとっては屈辱的な出来事でしたが、その結果彼がクリスチャンになっただけでなく、彼の家族も救われていたのです。
主イエスと二人の犯罪人が処刑されたのは、建物の中ではありませんでした。人のいない場所でもありませんでした。彼らは多くの人が通る街道に面した場所で、しかも過越しの祭りで大勢の人がエルサレムに集まっている日に処刑されました。十字架につけられた主イエスの頭上には「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という言葉がヘブル語、ギリシャ語、ラテン語で書かれた札がつけられていました。その日、エルサレムには地中海沿岸の国々から多くの人が集まっていたから、3つの言葉で書かれていたのでしょう。道を通る人は裸で十字架に掛けられた犯罪人たちを見上げ、ある人々は悪意に満ちたあざけりの言葉を吐きました。しかし、あざけりの言葉を主イエスに浴びせたのは悪人たちだけではありませんでした。ユダヤ教の指導者たちも主イエスを罵りました。42節で、彼らは次のように言っています。「彼は他人は救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今十字架から降りてもらおうか。そうしたら、我々は信じるから。」彼らは主イエスが自分を救えないと言ってののしっていますが、主イエスは、全能の神ですから、もちろん自分自身を十字架の死から救い出すことができました。しかし、もし主イエスがご自分を救ったら、私たち罪を持って生まれた人間は誰一人救われなくなってしまいます。
主イエスが神の栄光と権威を捨ててこの世に来られたのは、ご自分のいのちを救うためではなく、失われた者を見出して救い出すためなのです。そしてそのような失われた人が永遠の裁きと滅びから救い出されるために、ご自分のいのちをその代価としてささげられました。もし、主イエスの十字架の死がなかったら、クリスチャンには死後の希望はありません。クリスチャンの信仰は何の根拠もない、むなしい信仰になってしまいます。
主イエスは午前9時に十字架にかけられました。9時から正午まで、主イエスは明るい日差しが差す中で十字架に張り付けになっていました。この3時間の間に、主イエスは少なくとも3つの言葉を語っておられます。主イエスが十字架につけられた後、最初に言われた言葉はルカの福音書23章34節の言葉です。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」自分を憎み、自分に苦しみを与えた人々に対して主イエスは変わらない愛を示されました。すべての人間には罪がありますが、主イエスは「彼らを」と言って、すべての人の罪が赦されるようにと祈られたのです。しかも、彼らの罪の重さを軽くするために、「彼は自分で何をしているか分からないのです」と言ってくださいました。彼らは自分が何をしているか分かっていたはずですが、主イエスはこのように言って、自分を十字架につけた人々を父なる神の前で弁護しておられます。神の愛が人間の憎しみと罪に打ち勝ったのです。そして、主イエスの隣にいた犯罪人が自分の罪を認めたときには、彼に向って「あなたは今、私とともにパラダイスにいます。」と言って、犯罪人の罪が信仰告白によって、瞬間的にすべて赦されたことを宣言されました。
主イエスが私たちの与える救いには、人間が付け加えられることは何一つありません。何年も聖書の学びをしても、苦しい修業をしても、人は救われません。しかし、私たちが自分の罪を認めて主イエスを信じる信仰を告白するならば、誰でも一瞬にして救われるのです。3番目の言葉はヨハネの福音書19章26,27節に記されています。『「イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に「女の方。そこに、あなたの息子がいます。」と言われた。それからその弟子に「そこに、あなたの母がいます。」と言われた。』十字架に磔にされたイエスの目の前に母マリヤが弟子のヨハネと一緒に立っていました。主イエスが生まれて8日目にヨセフとマリヤが幼子イエスを神殿に連れていきましたが、そこにはシメオンという名の老人がいましたが、彼が聖霊に満たされてマリヤに向かって言いました。「剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。」主イエスの処刑の場にいたマリヤの心は、確かに剣が刺し貫いていたことでしょう。そのことを主イエスはよく知っておられました。そして、マリヤのために、世話をしてくれる人と住む場所を用意されました。肉体の苦しみの只中で、主イエスは人々に対する愛を最後まで表されたのです。
しかし、正午になって突然あたりが暗闇に包まれると、それから午後3時までの3時間、主イエスはずっと黙ったままでした。この暗闇は何を意味するのでしょうか。第一に、暗闇は神の裁きを意味します。旧約聖書の預言者は、神の裁きがくだるとき神様が真昼に太陽を沈ませると預言していますが、その預言が成就しました。また、暗闇は神の呪いを表しています。モーセの時代、イスラエルの民がエジプトを脱出しようとしましたが、エジプトの支配者パロはそれを妨げようとしました。そのようなエジプトに対して神様は様々な災いを与えましたが、ある時エジプト全体が暗闇で覆われるという出来事が起こりました。神の災いが暗闇でした。この3時間の間、人間の目で見える世界では何も起こっていません。イエスは沈黙を守ったままでした。しかし、この暗闇の3時間こそ罪のない主イエスが私たち人間の罪をご自分の身に受けられた時でした。次から次へと人間の残酷さ、醜さ、苦々しさが主イエスを苦しめました。私たちは、主イエスが人間の罪を担うということを十分に理解することができません。
しかし、主イエスは光であって、主イエスのうちにはくらいところが少しもありません。しかし、その主イエスは暗やみに閉じ込められています。罪のない、汚れたところ、暗闇が一点もない方がすべての人間の罪の攻撃を受けられました。それは、敢えてたとえて言うと、きよらかな女性が、悪意と情欲に満ちた男にレイプされ続けたときのような苦しみとでもいえるでしょうか。しかし、主イエスはただ、他人の罪を受けただけではありません。私たちのために光である方、真理である方が罪そのものになられました。パウロは「キリストは私たちのためにのろわれたものとなってくださった」と言いました。私たちのために、呪われた者となってくださった御子イエスは、父なる神からこの間、引き裂かれていました。どんな悪人でも、神様から完全に引き裂かれるという経験を地上で持つことはありません。どんな悪人にも神の愛は届いています。しかし、主イエスは、この間、だれも経験したことのない神から切り離されるという経験を持たれました。そしてその苦しみのただ中で、私たちの罪を贖うという働きを完了されたのです。午前9時に十字架につけられてから6時間、正午に突然あたりが暗闇に襲われてから3時間が過ぎるころ、主イエスの贖い業が完了したとき、再び、光が戻ってきました。そして、主イエスがへブル語で「エロイ、エロイ、ラマサバクタニ」と大きな声で叫ばれました。
それは「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」という意味の言葉です。主イエスは、この言葉によって、暗闇の恐ろしさ、父なる神から引き離された苦しみを、表現されました。本当は、罪を持って生まれた私たちが経験しなければならない恐ろしさを、罪のない100%聖なる方が、身代りに経験してくださったのです。このあと、主イエスは立て続けに3つの言葉を言っておられます。「私は渇く」(ヨハネ19章28節)、「完了した」「父よ、わが霊を、御手にゆだねます。」そう言って息を引き取られました。十字架につけられた犯罪には、だれもが人や社会を呪って死んで行きました。しかし、主イエスは、最後まで自分自身をコントロールしておられ、最後は、自分から自分の霊、すなわち、自分の命を父なる神にゆだねて、息を引き取って行かれたのです。
主イエスが息を引き取ったとき、彼は滅んだのではありません。力を失ったのではありません。むしろ、ご自分の全能の力を用いられたと思います。3つの奇跡が起きました。ひとつは、エルサレム市内にあったユダヤ教の神殿の中に天井から床まであった分厚い幕が上から下に向かって真っ二つに裂けました。人間が引き裂こうと思えば、下から上にむかって裂けますが、この膜は非常に分厚いので人間の力では引き裂くことができません。この幕の奥には、もともと契約の箱が置かれていて、そこは神様がおられるところと考えられていたので、至聖所と呼ばれていました。神を見たものを死ぬとされていましたので、誰もそこに入ることは許されていませんでした。ただ、ユダヤ教の最高指導者である大祭司だけは1年に1回だけ入ることがゆるされていました。聖なる神と罪深い人間の間には分厚い幕があったのですが、主イエスの十字架の働きの結果、その幕がなくなりました。旧約聖書の時代、人々は直接に神と交わることはできませんでしたが、主イエスの十字架の働きの結果、私たちは直接に神様に祈り、神様と交わることができるようになりました。第二に地震が起こりました。モーセが神からシナイ山で律法を受け取ったときに地震が起きました。今、エルサレムで地震が起こったのは、主イエスの十字架によって、人間の罪に関して律法が要求するものがすべて満たされたこと、律法の役割が終わったことを示すのではないでしょうか。
そして、三番目の奇跡として、すでに死んで墓に眠っていた聖徒たちのからだが生き返りました。これがどのような生き返りであったのか詳しいことはわかりませんが、確かなことは、主イエスの死が墓を開いたこと、そして、彼らが主イエスの復活の後に人々の前に現れたことから、イエス・キリストの十字架と復活によって、私たちに永遠のいのちへの道が開かれたことを示しています。主イエスの十字架の死は敗北の死ではありません。主イエスがご自分から命を捨てられました。そして、復活されました。これによって、人間の永遠の問題が解決し、主イエスを信じる者は永遠の死と呪いから永遠のいのちへと移されました。
(イントロ)
十字架刑は、ローマ帝国で実施されていた死刑の方法としては最も残酷で屈辱的な方法でしたので、ローマ市民が十字架刑を宣告されることはありませんでした。十字架という言葉自体が、不吉な言葉だと考えられていたので、一般の人が「十字架」という言葉を口にすることさえありませんでした。十字架刑を宣告された犯罪人は、街の外にある処刑場まで十字架を背負って歩かなければなりません。そのとき、罪人の首にはその人が犯した犯罪が書かれた札が掛けられていました。イエスは木曜日の夜の最後の晩餐の後に逮捕されてから、一晩中眠ることも許されず、不当な裁判を受け、何度もムチを打たれていましたので、主の体は衰弱しきっていました。一般に、夜中に裁判を行うことはないのですが、ユダヤ教の指導者たちは急いでいました。土曜日は過越しの祭りの特別な安息日だったので、犯罪者の死体によってその安息日が汚れることを嫌って、金曜日のうちにできるだけ早く処刑を行いたいと思っていました。主イエスは十字架の木を背負ってゆっくりと歩いていましたが、彼らは処刑の時間を少しでも早めるために、イエスの変わりに十字架の木を背負う人を群集から選んで、主イエスの変わりに十字架の木を背負わせました。それはエチオピアから過越しの祭りに来ていたシモンという男でした。
マルコの福音書を見ると「アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。」と書かれています。マルコの福音書の読者たちの間では、アレキサンデルとルポスはよく知られた人間のように思えます。恐らく二人は、初代教会の中で中心的な役割を担っていた人物であったと思います。シモンにとっては屈辱的な出来事でしたが、その結果彼がクリスチャンになっただけでなく、彼の家族も救われていたのです。
主イエスと二人の犯罪人が処刑されたのは、建物の中ではありませんでした。人のいない場所でもありませんでした。彼らは多くの人が通る街道に面した場所で、しかも過越しの祭りで大勢の人がエルサレムに集まっている日に処刑されました。十字架につけられた主イエスの頭上には「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という言葉がヘブル語、ギリシャ語、ラテン語で書かれた札がつけられていました。その日、エルサレムには地中海沿岸の国々から多くの人が集まっていたから、3つの言葉で書かれていたのでしょう。道を通る人は裸で十字架に掛けられた犯罪人たちを見上げ、ある人々は悪意に満ちたあざけりの言葉を吐きました。しかし、あざけりの言葉を主イエスに浴びせたのは悪人たちだけではありませんでした。ユダヤ教の指導者たちも主イエスを罵りました。42節で、彼らは次のように言っています。「彼は他人は救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今十字架から降りてもらおうか。そうしたら、我々は信じるから。」彼らは主イエスが自分を救えないと言ってののしっていますが、主イエスは、全能の神ですから、もちろん自分自身を十字架の死から救い出すことができました。しかし、もし主イエスがご自分を救ったら、私たち罪を持って生まれた人間は誰一人救われなくなってしまいます。
主イエスが神の栄光と権威を捨ててこの世に来られたのは、ご自分のいのちを救うためではなく、失われた者を見出して救い出すためなのです。そしてそのような失われた人が永遠の裁きと滅びから救い出されるために、ご自分のいのちをその代価としてささげられました。もし、主イエスの十字架の死がなかったら、クリスチャンには死後の希望はありません。クリスチャンの信仰は何の根拠もない、むなしい信仰になってしまいます。
主イエスは午前9時に十字架にかけられました。9時から正午まで、主イエスは明るい日差しが差す中で十字架に張り付けになっていました。この3時間の間に、主イエスは少なくとも3つの言葉を語っておられます。主イエスが十字架につけられた後、最初に言われた言葉はルカの福音書23章34節の言葉です。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」自分を憎み、自分に苦しみを与えた人々に対して主イエスは変わらない愛を示されました。すべての人間には罪がありますが、主イエスは「彼らを」と言って、すべての人の罪が赦されるようにと祈られたのです。しかも、彼らの罪の重さを軽くするために、「彼は自分で何をしているか分からないのです」と言ってくださいました。彼らは自分が何をしているか分かっていたはずですが、主イエスはこのように言って、自分を十字架につけた人々を父なる神の前で弁護しておられます。神の愛が人間の憎しみと罪に打ち勝ったのです。そして、主イエスの隣にいた犯罪人が自分の罪を認めたときには、彼に向って「あなたは今、私とともにパラダイスにいます。」と言って、犯罪人の罪が信仰告白によって、瞬間的にすべて赦されたことを宣言されました。
主イエスが私たちの与える救いには、人間が付け加えられることは何一つありません。何年も聖書の学びをしても、苦しい修業をしても、人は救われません。しかし、私たちが自分の罪を認めて主イエスを信じる信仰を告白するならば、誰でも一瞬にして救われるのです。3番目の言葉はヨハネの福音書19章26,27節に記されています。『「イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に「女の方。そこに、あなたの息子がいます。」と言われた。それからその弟子に「そこに、あなたの母がいます。」と言われた。』十字架に磔にされたイエスの目の前に母マリヤが弟子のヨハネと一緒に立っていました。主イエスが生まれて8日目にヨセフとマリヤが幼子イエスを神殿に連れていきましたが、そこにはシメオンという名の老人がいましたが、彼が聖霊に満たされてマリヤに向かって言いました。「剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。」主イエスの処刑の場にいたマリヤの心は、確かに剣が刺し貫いていたことでしょう。そのことを主イエスはよく知っておられました。そして、マリヤのために、世話をしてくれる人と住む場所を用意されました。肉体の苦しみの只中で、主イエスは人々に対する愛を最後まで表されたのです。
しかし、正午になって突然あたりが暗闇に包まれると、それから午後3時までの3時間、主イエスはずっと黙ったままでした。この暗闇は何を意味するのでしょうか。第一に、暗闇は神の裁きを意味します。旧約聖書の預言者は、神の裁きがくだるとき神様が真昼に太陽を沈ませると預言していますが、その預言が成就しました。また、暗闇は神の呪いを表しています。モーセの時代、イスラエルの民がエジプトを脱出しようとしましたが、エジプトの支配者パロはそれを妨げようとしました。そのようなエジプトに対して神様は様々な災いを与えましたが、ある時エジプト全体が暗闇で覆われるという出来事が起こりました。神の災いが暗闇でした。この3時間の間、人間の目で見える世界では何も起こっていません。イエスは沈黙を守ったままでした。しかし、この暗闇の3時間こそ罪のない主イエスが私たち人間の罪をご自分の身に受けられた時でした。次から次へと人間の残酷さ、醜さ、苦々しさが主イエスを苦しめました。私たちは、主イエスが人間の罪を担うということを十分に理解することができません。
しかし、主イエスは光であって、主イエスのうちにはくらいところが少しもありません。しかし、その主イエスは暗やみに閉じ込められています。罪のない、汚れたところ、暗闇が一点もない方がすべての人間の罪の攻撃を受けられました。それは、敢えてたとえて言うと、きよらかな女性が、悪意と情欲に満ちた男にレイプされ続けたときのような苦しみとでもいえるでしょうか。しかし、主イエスはただ、他人の罪を受けただけではありません。私たちのために光である方、真理である方が罪そのものになられました。パウロは「キリストは私たちのためにのろわれたものとなってくださった」と言いました。私たちのために、呪われた者となってくださった御子イエスは、父なる神からこの間、引き裂かれていました。どんな悪人でも、神様から完全に引き裂かれるという経験を地上で持つことはありません。どんな悪人にも神の愛は届いています。しかし、主イエスは、この間、だれも経験したことのない神から切り離されるという経験を持たれました。そしてその苦しみのただ中で、私たちの罪を贖うという働きを完了されたのです。午前9時に十字架につけられてから6時間、正午に突然あたりが暗闇に襲われてから3時間が過ぎるころ、主イエスの贖い業が完了したとき、再び、光が戻ってきました。そして、主イエスがへブル語で「エロイ、エロイ、ラマサバクタニ」と大きな声で叫ばれました。
それは「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」という意味の言葉です。主イエスは、この言葉によって、暗闇の恐ろしさ、父なる神から引き離された苦しみを、表現されました。本当は、罪を持って生まれた私たちが経験しなければならない恐ろしさを、罪のない100%聖なる方が、身代りに経験してくださったのです。このあと、主イエスは立て続けに3つの言葉を言っておられます。「私は渇く」(ヨハネ19章28節)、「完了した」「父よ、わが霊を、御手にゆだねます。」そう言って息を引き取られました。十字架につけられた犯罪には、だれもが人や社会を呪って死んで行きました。しかし、主イエスは、最後まで自分自身をコントロールしておられ、最後は、自分から自分の霊、すなわち、自分の命を父なる神にゆだねて、息を引き取って行かれたのです。
主イエスが息を引き取ったとき、彼は滅んだのではありません。力を失ったのではありません。むしろ、ご自分の全能の力を用いられたと思います。3つの奇跡が起きました。ひとつは、エルサレム市内にあったユダヤ教の神殿の中に天井から床まであった分厚い幕が上から下に向かって真っ二つに裂けました。人間が引き裂こうと思えば、下から上にむかって裂けますが、この膜は非常に分厚いので人間の力では引き裂くことができません。この幕の奥には、もともと契約の箱が置かれていて、そこは神様がおられるところと考えられていたので、至聖所と呼ばれていました。神を見たものを死ぬとされていましたので、誰もそこに入ることは許されていませんでした。ただ、ユダヤ教の最高指導者である大祭司だけは1年に1回だけ入ることがゆるされていました。聖なる神と罪深い人間の間には分厚い幕があったのですが、主イエスの十字架の働きの結果、その幕がなくなりました。旧約聖書の時代、人々は直接に神と交わることはできませんでしたが、主イエスの十字架の働きの結果、私たちは直接に神様に祈り、神様と交わることができるようになりました。第二に地震が起こりました。モーセが神からシナイ山で律法を受け取ったときに地震が起きました。今、エルサレムで地震が起こったのは、主イエスの十字架によって、人間の罪に関して律法が要求するものがすべて満たされたこと、律法の役割が終わったことを示すのではないでしょうか。
そして、三番目の奇跡として、すでに死んで墓に眠っていた聖徒たちのからだが生き返りました。これがどのような生き返りであったのか詳しいことはわかりませんが、確かなことは、主イエスの死が墓を開いたこと、そして、彼らが主イエスの復活の後に人々の前に現れたことから、イエス・キリストの十字架と復活によって、私たちに永遠のいのちへの道が開かれたことを示しています。主イエスの十字架の死は敗北の死ではありません。主イエスがご自分から命を捨てられました。そして、復活されました。これによって、人間の永遠の問題が解決し、主イエスを信じる者は永遠の死と呪いから永遠のいのちへと移されました。

